2026/8/28

天才哲学者 マルクス・ガブリエルの未来予測 「AI時代、人間は動物に回帰します」

 
 
 
 
 
 
 
 
 

天才哲学者

マルクス・ガブリエルの未来予測

「AI時代、人間は動物に回帰します」

 
 
 
 
 

マルクス・ガブリエル|独ボン大学哲学科正教授

 

AIは危機の一部でもあり、解決の手段にもなりうる。

 

この矛盾を、私たちはどう乗り越えるのか?

 AIリスクの先に、世界にどんな未来を描けるのだろうか? 

人の尊厳を守り、可能性を高めるAIのあり方とは? 

 



29歳のとき史上最年少でボン大学教授に就任し、

2013年に発表した著書『なぜ世界は存在しないのか』が

ベストセラーとなり世界的に注目された

ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルに話を聞いた。

 

 

生成AIが文章を書き、絵を描き、曲をつくるようになった。

人間にしかできないと思われてきた「創造」という営みが、

今、問い直されている。その延長線上で注目を集めているのが、

「人間中心のAI」という考え方だ。

 

Human-Centered AI Institute代表として

人間中心のAIのあり方を探ってきた森正弥

(博報堂DYグループCAIO)が、ガブリエル教授に問う。 

 

 

森 正弥(以下、森):これまで

「人間中心のAI(Human-Centered AI)」というと、

 

AIを人間にとって使いやすく設計し、

AIが社会に害を与えないようにリスクや倫理を

管理するという意味で語られてきました。

 

しかし生成AIの登場で、

人間の知的・創造活動そのものが変わりつつあり、

その考え方も更新されるべきだと感じています。

 

 

マルクス・ガブリエル(以下、ガブリエル):

AIと人間の関係を考えるうえでまずとらえ直すべきは、

大規模言語モデル(LLM)などのAIは、

人間が問いかけなければ動かないということです。

 

これまでAIは、

 

「人間の仕事を代わりにやるもの」と考えられてきました。

 

文章を書いたり、会社の情報を整理したり、

仕事を効率化したりするための技術だということです。

 

今でも、

そう考えている人は多いでしょう。

でも、最新のAIはそれだけではありません。

 

 

森:その視点はとても重要ですね。

多くのビジネスパーソンは、AIを「仕事を自動化し、

効率化してくれる機械」と考えがちです。

 

 

ガブリエル:私は、

人間と巨大な情報処理システムの「あいだ」にあるものが

AIだと考えています。そのシステムには、

 

半導体、サーバー、技術者、投資、政治、データ、

学習の仕組みなど、あらゆるものが含まれる。

 

これを「AI複合体」と呼んでいますが、

そもそもAIは人間がかかわらなければ動きません。

 

大規模言語モデルも、

人間がプロンプトを与えなければ何もしないのです。

 

 

森:企業では、AIに戦略を考えさせたり、

広告や文章をつくらせたりすることが増えています。

 

本当はそこに人間とのやり取りがあり、

人間が考えやひらめきを入力しているのに、

出てきた答えが立派に見えるため、

「AIはすごい」とだけ思ってしまう。

 

自分が何を入力したのかを忘れてしまう危うさがありますよね。

 

 

ガブリエル:AIは、

ドライバーのような道具というより、

ピアノのような「楽器」として考えるとよいでしょう。

 

人間が弾くから、音楽になる。

プロンプトやAIとのやりとりそのものが、

その人の知性の表れなのです。

 

 

AIは人間が入れた言葉や音声、画像、

数字などの中からパターンを見つけ出し、

それを速め、広げ、増幅させていく。

 

私はこの働きを、

「加速する知性(Accelerated Intelligence)」、

「広げる知性(Augmented Intelligence)」、

「増幅する知性(Amplified Intelligence)」の

頭文字をとって、“3つのA”と呼んでいます。

 

 

森:奇遇なことに、

私が所属する博報堂DYグループでも

「人間中心のAI」には”3つのA”が必要だと考えています。

 

私たちが提唱するのは「自動化(Automation)」、

「拡張(Augmentation)」、

そして「内なる想い(Aspiration)」。

 

自動化はもちろん欠かせませんが、

もはやそれだけでは十分ではない。

 

AIによって人間の力を広げ、

社会をよくしたいという想いを引き出すことが

重要なのではないでしょうか。

 

 

 

 
 米中のAI関係者に「人文学」が見直されて
 
 
AIには決してコピーできない、
マーケターに必須の「センス」という武器
 
 

森:AIが優れた道具であり楽器だとしても、

それに頼りきるのではなく、

人間の主体性をどう高めるかがAI時代には問われますね。

 

具体的には、

私たちはどんな力を意識して伸ばすべきだと考えていますか?

 

 

ガブリエル:シリコンバレーでも中国でも、

AI関係者の間で人文学を見直す声が強まっています。

 

人文学で何が身につくかというと、

例えば「スタイル」を理解する力です。

 

スタイルとは、どんな場面で、どんな言葉を選び、

どんな調子で話し、どんな価値観を示すかということ。

 

日本語では、文脈や言葉の選び方、

話し方のトーンがとても大事にされていますよね。

 

AIもある程度は真似できますが、

スタイルが社会のなかでもつ意味を深く理解する力は、

人文学からしか会得できないのです。

 

 

森:そうした知性や表現における

「創造性」についてはどうお考えですか。

 

 

ガブリエル:AIの創造性と、

人間の創造性の違いを理解することが大事だと思います。

 

AIが得意なのは、

すでにあるものを組み替えて新しい組み合わせをつくること。

 

一方、人間はそこにない新しい

要素そのものを生み出すことができ、

さらにそれを新しいかたちで組み合わせることもできます。

 

人間の創造性というのは、

芸術史、外国語、哲学、社会学などを

学ぶなかで育っていくものなのです。

 

 

森:絵画の歴史を見てもそうですね。

写実主義があり、カメラが登場し、

そのあとに印象派やポスト印象派が生まれました。

 

単に正確に描くのではなく、

「自分にはこう見える」

「心の中ではこう感じる」という表現へ変わっていった。

 

AIは過去のやり方を学ぶのは得意ですが、

新しいスタイルを生み出すには、

人間にしかない創造性が必要なのだと思います。

 

 

 

人間に残された最後の感性

 

森:活版印刷、カメラ、コンピュータ、

インターネットといった新しい技術が生まれるたびに、

私たちの仕事や表現の仕方も変化してきました。

 

同時に、「人間とは何か」という問いを生んできました。

では、

AIは私たちにどんな問いを突きつけているのでしょうか。

 

 

ガブリエル:長い間、

人間は「理性的に話す動物」だと考えられてきました。

 

ほかの動物も声を出しますが、

それは危険や痛みを伝えるためのもの。

 

理性を使って言葉を話すのは、

人間だけだとされてきたわけです。

 

ところがAIは、

合理的に考える力の多くを自動化しています。

 

チェス、囲碁、将棋などさまざまな分野で、

人間を超える力を見せ、大きな衝撃を与えていきました。

 

そして次に、

大規模言語モデルが登場しました。

 

私たちの「楽器」が話し始めたのです。

 

合理性も、言葉も、AIが担うようになった。

では、人間には何が残るのでしょうか。

 

 

私は、人間は今、

「自分たちが動物であること」を

再発見しているのだと思います。

 

 

身体を動かすこと、地面に触れること、

身体の感覚を取り戻すこと。高い理性と言葉をもちながら、

同時に動物として生きるとはどういうことか。

 

 

その問いが、

AI時代に浮かび上がっています。

 

 

 

 次ページ > 「倫理的知性」で人がAIに磨かれていく?

 

森:生成AIに代表されるフロンティアモデルのAIは、

さまざまな問いに合理的な答えを出すようにつくられています。

 

一方で、それらは個人の視点や立場をもっていません。

 

だとすると、これからは、

同時に、

「人間とは何か」という問いを生んできました。

では、AIは私たちにどんな問いを突きつけているのでしょうか。

 

 

ガブリエル:AIは、

何十億もの人間が生み出したデータから

学んでいる集合知です。

 

そこには多くの視点が含まれていますが、

ひとりの人としての視点はありません。

 

 

人間の場合、例えば一口に「東京」と言っても、

それぞれが異なるオリジナルの記憶をもっています。

 

相手を見極める視点も、

街を切り取る視点も違う。そうした一人ひとりの視点が、

社会をつくっていくのです。

 

 

AIという巨大な集合的視点は、

大きな力をもっていますが、

やはりどうしても平板になります。

 

その平板さは強みでもありますが、

限界でもある。

 

 

人間一人ひとりの「精神的な多様性」こそが、

AIには原理的にもてないものといえるでしょう。 

 

 

 

AIを使って自分を更新する

 

森:環境、食料、水、貧困といった社会課題は、

一般論だけでは解決できません。

 

本当に大切なのは、

当事者一人ひとりの事情にどう向き合うかです。

 

人間は弱さをもち、

一人ひとり違う事情を抱えているからこそ、

道徳をもてるのかもしれません。

 

 

AIは大量の情報を処理できますが、

個別の事情に寄り添うのは苦手です。

 

巨大で、何でも計算できるように見える。

そんなAIに、

倫理をどう組み込めるのでしょうか。

 

 

ガブリエル:AIには、

道徳的に大切なパターンを見つける

仕組みをつくることができます。

 

そのために必要な第一段階は、

その社会やコミュニティの価値観をAIに学ばせること。

 

宗教、文化、政治、ビジネスの条件は

国によって違いますから、

日本には日本に合った仕組みが必要ということです。

 

 

私がAIとの関係性で目指しているのは、

その先の段階になります。

 

例えば、自動運転AIを使えば、

私はより安全なドライバーになれるでしょう。

 

顧客宛てのメールを送る前に、

トーンや言葉選びをチェックしてもらうのも同じです。

 

人は自らの偏りに気づきにくいですが、

AIとの対話によって盲点を乗り越え、

自分を更新していける。私はこれを

「倫理的知性」と呼んでいて、

 

AIには人を磨いていく存在であってほしいと思っています。

 

森:それは「人間中心のAI」にも通じる考え方ですね。

 

AIが答えを教えてくれるのではなく、

AIとのやり取りを通じて、

人間が「何が足りないのか」

「どこに思い込みがあるのか」に気がつく。

 

そして自分を更新していく。

AIによって倫理的になることと、

AIによって創造的になることは、

深いところでつながっているのだと思います。

 

 

複合的危機を乗り越える哲学の役割
 
  

ガブリエル教授は「ネステッド・クライシス

(複合的な危機)」という言葉で、

気候変動、民主主義の危機、地政学的緊張、

AIやバイオ技術の影響など、

複数の危機が重なり合い、

互いを悪化させている状況を指摘しています。

 

AI自体が危機の一部でもある一方で、

AIは危機を解く手段にもなりうる──

この入れ子構造を、

どう読み解けばよいのでしょう?

 

 

 

ガブリエル:フロンティアAIと呼ばれる

最先端の技術は膨大な電力を消費するので、

おっしゃる通り、

ネステッド・クライシスの一部になってしまっています。

 

半導体チップやレアアースを巡る競争も激化しており、

明らかに危機を増幅している面があります。

 

現状ではとても危機を解く手段になっているとは言い難い。

 

しかしAIは、

複雑な社会のなかにある法則や相関関係を

見つけるのが得意ですから、

 

正しく使えば解決策の一部になるはずです。

 

例えば、メディア、政治、エネルギー消費、

地政学の関係をつなぎ、

入れ子構造にある問題を理解する助けになるでしょう。

 

 

森:企業は生産性や利益を求めるビジネスの要請と、

倫理的課題の狭間で悩まされることもあります。

 

企業はAIとどう向き合うべきなのでしょうか。

 

ビジネスと倫理がぶつかり合うような問題に向き合うとき、

哲学はどんな存在になりますか。

 

 

ガブリエル:哲学者は、

物事を別の角度から見るのが得意です。

 

哲学とは、意図的に視点をずらし、

新しい思考の枠組みをつくることだから。

 

たばこ会社に「何をすべきか」と聞かれたら、

私なら「チョコレートをつくればいい」と答えるでしょうね(笑)。

 

今の事業の延長線上で考えるのではなく、

まったく別の物語を描いてみせる。

それが哲学者の仕事です。

 

 

AIについて企業に助言するなら、

まず研究開発部門に行き、

「もっと環境にやさしいチップをつくれないか」と

聞くでしょう。

 

たとえば光チップは、

より持続可能な選択肢になりえます。

 

哲学は、

問題を別の角度から見直す力を与えてくれるのです。

 

 

森: 哲学は思考のジャンプを生むのですね。

 

AIはこれまで、人間の知性を切り離し、

機能や効率として扱うものだと思われがちでした。

 

哲学とは相反するもののように見えていたかもしれません。

 

しかし、そうではない。

 

AIとのやりとりを通じて、

人間が自分の創造性、倫理性、主体性を取り戻し、

更新していくこと。そのための新しい楽器として、

AIをどう演奏するか。

 

それが、

これからの企業と社会に問われているのだと思います。

 

 

 

 

マルクス・ガブリエル◎1980年生まれ。

ドイツ出身の哲学者。2009年、

ドイツ史上最年少の29歳でボン大学哲学科正教授に就任。

倫理資本主義を提唱。

著書に『なぜ世界は存在しないのか』など、

世界的なベストセラー多数。