1喧嘩はするな、
2意地悪はするな、
3過去をくよくよするな、
4先を見通して暮らせよ、
5困っている人を助けよ、
|


|
2026/1/8
|
|
死んだら「私」はどうなるのか? 自我と認識の秘密を 脳科学でひもとく |
|
|
私たちは、 意識があるからこそこの世界や自己を感じられる そう思っている人は多いことでしょう。
では、死んだら「私」という自我はどうなるのでしょうか?
死の向こうにある「世界」への疑問死んだらどうなるのだろう。
この問いは、 ときに静かな水面に落ちた一滴の雫のように、 意識の底に波紋を広げることがある。
死の恐怖は痛みや苦しみだけではない。
「自分」という灯りがふっと消えた後の闇 その向こうが見えないことへの恐れがある。
けれど私が時おり抱くのは、 それとも少し違う。
〝私が死んだ後も、 この世界は在り続けるのだろうか?〞
その世界は私が今見ている世界と 同じ顔をしているのだろうか?〞
世界は静かに幕を閉じるのではないか?〞
この疑問は、 最後にはひとつの場所に行き着く ――「意識とは何か」。
同時に「自己とは何か」を問うことでもある。
意識を問う上で「自己」を 考えることは不可欠と思われるからだ。
現実は脳が描いた物語かもしれない一方で、私たちが〝現実〞と呼んでいるものは、 感覚器官が拾った断片を脳が縫い合わせ、 色を塗り、 物語として仕立て上げた幻影のようなものだ。
私たちは、 目の前の世界が、 誰もいなくても厳然と存在する 客観的な実在だと信じたがる。
太陽は昇り、街はざわめき、
時は流れ、歴史は紡がれる ほとんどの人はそう考えるだろう。
私には少し頼りない。
脳という小さな劇場で上演される 一幕にすぎないのかもしれない。
遠くの笑い声も、花の香りも 外界の変化が電気信号となり、
神経回路を伝って脳によって 再構成された「私だけの世界」だ。
世界はひとつではない色も音も匂いも、 物質に本来備わった性質ではなく、 脳が創り出す仮の姿である。
私たちの知覚は、 世界のほんの薄皮をなぞっているにすぎない。
(波長にして380〜780nm)で、 その外側には紫外線や
赤外線、X線、電波が果てしなく広がる。
錐体細胞の分布は人によって異なり、
同じ「赤」を見ても、 その鮮やかさや温度感はわずかに異なるかもしれない。
人の数だけ重なり合っている。
神経科学者ウォルター・J・フリーマンはこう言った
――「脳は外界をただ受け取る受動的な器ではない。
経験と文脈をもとに、 意味を創造する能動的な舞台だ」。
外界そのものではなく、 脳が描いた意味の風景なのである。
哲学者ヒラリー・パトナムの 「水槽の脳」として知られる思考実験のように、 もし私が電極につながれた脳で、
与えられた信号を現実と信じているだけだとしたら 私はそれを見抜けるだろうか。
壊れるのは意識か、世界か現実の見え方は、 脳のわずかな損傷で劇的に変わることがある。
〝動き〞が消えた。
車は一瞬で目の前を通り過ぎる
彼女の時間は連続ではなく、 断片的な静止画の連なりになった。
これは「動作盲(どうさもう)」という症状だ。
脳が紡ぎ出す演出なのだ。
さらに、脳の一部が損傷すると、 世界の半分そのものが消えてしまうことがある。
患者は右または左半分 (左半分のことが多い)の 空間をまったく意識できなくなる。
目は正常に見えていても、 その空間は患者の意識の 地図から欠落しているのだ。
この現象は、 私たちが経験する現実が、 脳の内部で構築されたもので あることを雄弁に物語っている。
これらは、 意識そのものが直接壊れてしまったわけではない。
意識という舞台に届くべき外界からの情報が、
損傷によって途切れたり歪んだりしているのである。
舞台に届いた素材をもとに 〝現実〞を組み立てるのが意識の役割なのだ。
無意識の過程で組み立てられている。
意識は世界を成立させているのか脳の小さな劇場からさらに視野を広げれば、 量子力学の奇妙な庭に足を踏み入れる。
〝あらゆる可能性〞として漂い、 観測の瞬間にひとつの現実へと定まる。
(巨視的実在性の破れ)
観測に意識が伴うのであれば、 意識は世界の存在そのものと 密接に結びついているのかもしれない。
そう考えると、 「私」がいなくなったとき、 世界はどうなるのかという問いは、 途方もなく深い。
素粒子から宇宙の果てまでを測ろうとし、 そのスケールを意識の中に広げてきた。
ヒトの知能と文明をはるかに超えた 高次の知性がもし存在したなら、
彼らから見れば、 人間の宇宙像などまるで 蟻が描く地上の地図のように小さく、
限られたものだろう。
私たちの想像を超えた構造をもつ別の現実 ――マルチバース―― が広がっているかもしれない。
そして今、 私たちは人工知能(AI)という 新しい知性と出会っている。
ヒトを超えた知性と意識を得たなら、 宇宙の姿はどれほど変わるのだろうか。
私が感じる世界には、 色や音や温度といった確かな実在感 ――クオリア――が宿っている。
意識の本質を探るしかない。
意識が沈黙する瞬間―― 睡眠、夢、仮死、冬眠、死、 そして無意識の深淵―― を覗き込む必要がある。
意識を解き明かすための遠回りのようで、 最も近道なのかもしれない。
あなたと私がたどる意識の地図である。
意識の正体
|
|
| |