「私なんて......」
そう思ったことはありますか?
勝ち負けや正しさで分ける二択の世界から、
自分の「心地よさ」を整える時代へ。
今、わたしたちは宇宙レベルで
大きな転換期を迎えています。
私たちの身体は
「生き延びる」ためだけにあるわけではありません。
幸せに、
心地よく生きるためには、
身体で実感して「思い出す」必要があるのです。
あなたの身体は、
宇宙の証拠
「私なんて......」
「私なんて、いてもいなくても同じ」
そう思ったことが、一度でもあるなら
この章は、あなたのために書かれています。
あのさ、ひより。
その「私なんて」って表現はさ、
じつはいちばん楽な場所。
期待しなくていい。
選ばなくていい。
失敗もしなくていい。
だから、
そこに長居しちゃったんだよね。
「どうして私はこの身体なのだろう?」
その問いは、
ひよりが自分を責め始める合図だった。

朝、鏡に映る疲れが抜けきらない自分の顔。
頑張りたいのに体力が追いつかない体質。
試着した服が似合わなくて、
店員さんに声をかけられる前に
慌てて着替え直す自分。
才能を開花させ、
軽やかに進んでいく友だちや会社の同期の姿。
もっと器用に生きられたら。
もっと人に振り回されない強い心が持てたなら。
もっと人目を引くような容姿だったら。
ひよりがそんなことを無意識に考えているときは、
決まって肩に力が入っている。
「ハッ......ざんねんな宇宙人さん、
肩に力が入っているって言ってたっけ」
ひよりは思い出したように、
小さな声を出しながら首を右、左、グルングルン。
数回繰り返していると、
ふっと身体がゆるむのを感じて
思わず笑ってしまった。
地球人。
その身体、
今日も文句言われながら働いてる。
ひよりの心を見透かしているように、
聞き慣れたざんねんな宇宙人の声が流れてくる。
その声はいつも軽くて、
でも不思議と安心する周波数だった。
「今日も文句言われながら働いてる、かぁ」
ひよりは鏡を見て、
少しだけ肩の力が抜けた顔に気づいた。
「ほんと、文句ばかり言ってるね、私(笑)」
私たちはふだん、
自分の身体に意識を向けることはほとんどありません。
意識が向くのは、
たいてい身体に痛みや不調を感じたとき。
調子がいいときの身体の働きは、
当たり前のように忘れています。
できる(調子がいい)=当たり前。
できていない(不調)=ダメ。
それは、
ひよりが自分に向けてきた
評価ととてもよく似ています。
けれど身体は、
どんなにその持ち主に文句を言われても、
24 時間休むことなくせっせと働いています。
寝ること、起きること、食べること、動くこと。
これらはすべて、
身体の中の無数の細胞がチームワークで
支えているからこそ成り立っています。
私は、これまでたくさんの身体に
かかわる悩みを聞いてきました。
「眠れない」「食べられない」「起き上がれない」
そうした声に触れるたびに、
生きていることがどれほど精密で、
奇跡の連続であるかを痛感するのです。
私たちの身体はオーケストラのようなものです。
どれかひとつが主役なのではなく、
それぞれが個性と役割を持ち、
お互いにかかわり合い、
全体で調和をつくっています。

もし、脳だけを正解にしてしまう意識を
「地球意識」と呼ぶならば、
私たちは「考えられないもの」を
つい価値の外に置いてしまいます。
感じているのに、説明できないもの。
確かにあるのに証明できないもの。
けれど、本来の私たちは、
そんなふうに切り分けて生きてはいませんでした。
この全体で響き合うあり方が「宇宙意識」です。
身体は働きも最先端。
私たちにいつも宇宙意識の
働きを教えてくれています。
ね?
最新型って言ったでしょ。
さらに、この身体は「生き延びる」
ためだけにあるわけではありません。とて
も大切な役割があります。
それは「感じる」という役割です。
幸せになりたい。
安心したい。
愛されたい。
多くの人はこう願いながら、
つい「幸せになるにはどうすればいいの?」と考えます。
けれど、幸せは考えて触れられるものではありません。
「はじめに」でも少し触れましたが、
じわじわと身体で実感して「思い出す」ものです。
ここで、少し思い出してみましょう。
あなたはどのようなときに幸せを感じていますか。
たとえば、人と話しているとき、
美しい景色を見ているとき、
温泉に浸(つ)かっているとき、
ペットに触れているとき......。
温かい。
ほっとする。
涙が出そうになる。
とろけそうになる。
それらはすべて身体の中で起きています。
「温かい」と考える人はいませんよね(笑)
「ほっとする」と考える人もいません。
つまり、身体が先取りして感じているのです。
地球人が大事にしてるもの、
ほぼ全部、感度。
宇宙人、そこがいちばん興味深い。
壮大な宇宙の物語を記憶する身体
ひよりは、
大好きな海を思い出していた。
海を見ていると、
理由もなく涙が出そうになる。

「ああ、私、ちゃんと幸せを感じていたんだ」
ふと、久しぶりに海に行きたくなってパソコンを開く。
いくつか気になっていた海の名前を検索していると、
1枚の写真に目が留まった。
「......ここ、知っている気がする」
行ったことはないのに、
懐かしい。その瞬間、
ザザザッと鳥肌が立った。
カチ。カチッ。
それ、忘れてただけ。
最初から、
あなたの中にあった。
ざんねんな宇宙人より
ひよりはぼんやりしながら、
ざんねんな宇宙人の文字を
横目に写真を眺めていた。
その写真の所在地を確認してみると、
離島であることがわかった。
いつもならここで費用や日程を考えて
フェードアウトするのに、
指が勝手に動いて離島ツアーの
申し込みフォームに入力していた。
じつは、
これに似たような経験は誰にでもあるはずです。
行ったことがないのに懐かしい場所。
あるいは、
初対面なのに「この人知っている」と感じる人。
習ったことがないはずなのに
すっとできてしまう身体の感覚。
こうした感覚は、
気のせいや特別な能力ではありません。
みなさんの中に「すでにある記憶」なのです。
なぜか惹(ひ)かれる場所、安心を感じる人や物。
好きな土地、苦手な土地。行ってみたい国、
なかなか行けない国。懐かしく落ち着く距離感など。
これらはすべて細胞の記憶と再接続しているサインです。
地球人の細胞、ちっちゃいのに、
驚くほど高性能。
私たちの身体は、
37兆個とも言われる細胞の集合体です。
その細胞一つひとつが、
膨大な情報と意識を宿しています。
その記憶には、
知識はもちろんのこと、
言葉になる前の、
感覚としての記憶、
ご先祖様の叡智(えいち)や徳、
自然と共存してきた感性、
それらすべてをあなたは身体の中に
受け継いでいるのです。
身体は、
感性が生まれる源泉であり、
すべての時空の情報を記録した
宇宙の記憶庫でもあるのです。
私たちは意識が外側に向いているとき、
「足りないもの」ばかりを探してしまいます。
ですが、意識をほんの少し内側、
つまり身体に戻すだけで、
そこには「もう、すでにあるもの」が静かに、
確かに、呼吸をしています。
身体は、
あなたが自分に還るための入口なのです。
探し物は、
最初から内側にある。
だから最新型装備。