「本書は、控えめに言っても
「革命」である。
私たちが当たり前と思ってきた
さまざまな概念
(平等、公正、能力、疾患、
教育、努力など)
の前提が変わる。」
「生まれか育ちか(遺伝か環境か)」
長年続いてきた論争の、
科学的な答えが判明しました。
それを明らかにした行動遺伝学の
世界的権威ロバート・プロミンの
『こころは遺伝する
DNAはいかに〈わたし〉を形づくるか』は、
氏がはじめて一般読者へ向けて
著したポピュラーサイエンス本です。
私たちの性格や知能、
行動を形づくる「遺伝」の力を、
100年におよぶ遺伝学研究の
集大成としてわかりやすく、
エキサイティングに解説しています。
なぜ人はそれぞれ違うのか?
家庭や教育はどこまで影響するのか?

ロバート・プロミン
『こころは遺伝する、
DNAはいかに〈わたし〉を形づくるか』
新しい占いがあるという。
その占いは、
人がうつ病や統合失調症などの心理的な形質
〔性質や特徴〕のリスクをもっているか、
どれくらいの学業成績を
おさめそうかを予測できるという。
そんな話を聞いたら、
あなたはどう思うだろう?
それだけではない。
その占いは人が生まれた瞬間に、
将来どのくらいの財産を
築けそうかも予測できるらしい。
信頼性は申し分ないうえに、
バイアスもなし。おまけに
、費用はたったの100ポンドだ。
あなたの人生を変えるとか
なんとかいう仕掛けについてのありがちな
ポピュラー心理学の主張みたいに
聞こえるかもしれないが、
実際のところ、
この占いは最先端の科学にもとづいている。
この占いが拠り所とするのはDNAだ。
近年、
個人ゲノム解析の急速な進展により、
私たちはDNAを手がかりに、
自分がどんな人間なのかを理解し、
将来どんな人間になりそうなのかを
予測できるようになった。
本書はこのDNA革命について紹介する。
この革命によって、生まれた瞬間に、
その人の心理的な強みや弱みを予測することが可能になり、
DNAは私たちにとってきわめて個人的な問題になった。
DNA革命はまさに、
心理学や社会、私たち一人ひとりにとって
途方もなく深い意味をもつゲームチェンジャーなのだ。
このDNA占いは、
「自分らしさ」を形づくるものの正体を突き止めようとする
一世紀にわたる遺伝学研究の集大成である。
20世紀初頭に心理学が
科学の一分野として誕生したとき、
この分野が注目していたのは、
人の行動に影響を与える環境要因だった。
心理学では何十年ものあいだ、
人格は経験によって形成されるとする
環境決定論が主流だった。
フロイト以降、家庭環境、
いわゆる「育ち」が、どんな人間になるかを
決定づける主要な要因と考えられてきたのだ。
しかし1960年代に遺伝学者がこの考えに異を唱えはじめた。
精神疾患から知的能力に至るまで、
さまざまな心理的形質は明らかに
家系で受け継がれているものの、
家族のメンバー同士の類似性は
「育ち」だけによるのではなく、
むしろ「生まれ」、
すなわち遺伝によるのではないかという
認識が徐々に広がっていった。
なぜなら子どもは遺伝的に、
親に50%ほど似ているからだ。
1960年代以降、科学者たちは、
ふたごや養子を長い年月にわたって調査し、
その結果、
遺伝が心の働き方の個人差を生むのに
重要な役割をはたしていることを示す証拠を積み上げていった。
遺伝の影響は統計的に有意なだけでなく、
きわめて大きい。
遺伝は「自分らしさ」を形づくる最も重要な要因であり、
心の働き方の個人差に、
他のすべての要因を合わせたよりも
大きな影響を与えている。
たとえば、
最も重要な環境要因である家庭と学校でさえ、
遺伝の影響を統制した〔統計的に取り除いた〕場合、
メンタルヘルスや学業成績の個人差の
5%未満しか説明しないことがわかっている。
それに対して遺伝は、
心理的形質の個人差の約50%を説明する。
こうした心理的形質にはメンタルヘルスや学業成績だけでなく、
パーソナリティ
〔人格、性格〕や知能といったあらゆる心の働き方が含まれる。
そう、遺伝の影響を受けていない
心理的形質はひとつもないのだ。
「遺伝的(genetic)」という言葉には
いくつかの意味があるが、
本書では「受精の瞬間に親から受け継ぐ
DNA配列の個人差」を指す。
DNAは30億段からなるらせん階段でできていて、
そこに刻まれた個人差を私たちは親から受け取るのだ。
私たちの生命は一個の細胞からはじまる。
その細胞を形づくったDNAの個人差は、
大人になった私たち
(いまでは何十兆個もの細胞で構成されている)
の行動にまで影響をおよぼしている。
なんだか気が遠くなるような話だ。
遺伝子と行動とのあいだには、
遺伝子発現、タンパク質、そして脳を経由する
入り組んだ複雑な発達過程があるにもかかわらず、
それを経ても、
DNA差異の影響が消えることはないのだ。
遺伝学研究の強みは、
そうした途中の過程についてなにもわからなくても、
両親から受け継いだDNAの個人差が
心理的形質に与える影響を検出できる点にある。
遺伝の影響の重要性を理解することは、
DNAがいかにして「自分らしさ」を
形づくるのかをめぐる物語のほんのはじまりにすぎない。
行動遺伝学者たちは、
ふたごや養子を対象に遺伝の影響を調べ、
その結果、
心理学における最も重要な発見のいくつかにたどり着いた。
「生まれ」と「育ち」の影響をはじめて
切り離すことができたからだ。
これらの発見は心理学や社会を一変する力をもつ。
さらには、
「自分らしさ」を形づくるものの正体についての
私たち自身の考え方も変えることだろう。
たとえば、
子育ての質や社会的支援、
人生におけるさまざまな出来事といった、
心理学で環境要因とみなされてきたものですら、
遺伝の影響を大きく受けているという驚くべき発見がもたらされた。
環境にはそれ自体のDNAなんてないのに、
どうしてそんなことがありうるのだろう?
後述するように、
環境にも遺伝の影響がこっそり忍び込んでいるのだ。
なぜならそうした環境要因は、
私たち自身やその行動とまったく無関係な、
純粋なる「外部環境」ではないからだ。
私たちは、
自分の遺伝的傾向にある程度もとづいて経験を選択したり、
修正したり、ときに生み出したりすらしている。
つまり、
いわゆる「環境」要因と心理的形質のあいだに
見られる相関関係は、
環境そのものによって生じたと決めつけることはできないのだ。
実際のところ、
その相関関係の半分が遺伝に起因することがわかっている。
たとえば、
親の育て方が子どもの心理的発達に
影響しているように見える場合でも、
実際には、
その相関には、
子どもの遺伝的な個人差に対する
親の反応が関係している。
「生まれ」と「育ち」の関係についての
二番目の重要な発見は、
「自分らしさ」の形成に環境が
意外なかたちでかかわっているというものだ。
遺伝学研究から、
環境の重要性についての最も
信頼できる証拠が得られた。
というのも、
遺伝は私たちの心理的形質の個人差の
半分しか説明しないからだ。
20世紀をとおして、環境要因とは「育ち」、
つまり家庭環境だとみなされてきた。
家庭こそが「自分らしさ」を形づくるうえで
決定的な役割をはたしていると考えられてきたのだ。
ところが遺伝学研究は、
これが真実とかけ離れていることを示している。
実際には、環境要因は、
同じ家庭で育ったきょうだい同士を別々の
家庭で育ったきょうだい同士と同じくらい異ならせる。
家族のメンバーが似ているのは、
優しくおもいやりのある子育てとか、
親の支持的なかかわりとか、
崩壊した家庭といった、
家族のメンバーが共有する経験のためではなく、
主としてDNAによる。
では、私たちに違いを生む環境要因とはなんなのか。
それは、
家庭などの「系統的な要因(一貫して働く力)」ではなく、
ランダムな経験である。
この発見は途方もなく大きな意味をもつ。
加えて、
そうしたランダムな経験は
一時的に影響をおよぼすものの、
その効果は長続きしないことも判明している。
私たちはさまざまな環境の凹凸にぶつかって
一時的な影響を受けるものの、
その後ふたたび、
自分自身の遺伝的な軌道に戻るのだ。
さらに、
一見系統的で長期的な環境の影響のようでも、
たいていは、
遺伝の影響を映し出したものにすぎないこともわかっている。
私たちが自分の遺伝的傾向に合うように
経験をつくり上げた結果だからだ。
本書のなかで説明するように、
受精の瞬間に両親から受け継ぐDNA差異は、
生涯にわたって続く、
一貫した、心理的個性の源泉であり、
あなたという人間をつくる青写真(ブループリント)だ。
青写真とは計画であって、
最終的にできあがる三次元構造と同一ではない
(私たちは二重らせん構造をしているわけではない)。
DNAだけが重要ではないものの、
「自分らしさ」を生み出す揺るぎない心理的形質に対して、
DNAが他のあらゆる要因を足したよりも
大きな影響をおよぼしているのはまちがいない。
これらの発見を踏まえれば、
子育てや教育、
人生を形づくる出来事についての
根本的な再考が必要になってくる。
本書の第Ⅰ部では、
「自分らしさ」を形づくるものの
正体についての新しい見方を示す。
それは私たち全員にとって、
大胆かつ、
まちがいなく物議を醸す結論であると同時に、
機会均等や社会的流動性、
社会構造についての新たな視点をもたらすものだ。
こうした重要な発見は、
遺伝の影響を間接的に導き出す手法、
つまり、
ふたご研究と養子研究から得られた。
20年前、
ヒトゲノムの全塩基配列が解読され、
DNAの二重らせん構造をつくっている
30億塩基対が同定された。
ヒトは30億塩基対のうちの99%以上の配列が同じで、
この共通部分がヒトに共通する性質の青写真だ。
そして残りの1%未満の違いが、
精神疾患やパーソナリティ、
知的能力などの個人差を生み出している。
私たちが生まれもったこのDNAの個人差こそ、
一人ひとりの個性の青写真なのだ。
それについては本書の第Ⅱ部でくわしく取り上げる。
近年、何百万ものDNA差異を直接解析して、
どの差異が心理的形質への遺伝的影響を
もたらしているかが突き止められるようになった。
驚くべき発見のひとつは、
大きな影響をおよぼす数個のDNA差異ではなく、
ごく小さな影響しかもたらさない何千もの
差異を見つけ出して合算することで、
心理的形質を強力に予測できるようになるというものだ。
いまのところ、
最も高い予測力をもつDNA指標は統合失調症、
学業成績についてのものだが、
現在も毎月のように、
さまざまな心理的形質のDNA指標が報告されている。
このDNA指標は心理学において
他に類を見ないものだ。
なぜなら他の指標とは違って、
この指標による予測は生涯変わらないからだ。
つまり人が生まれた瞬間に、
この指標にもとづいて未来を予測できるのだ。
たとえば精神疾患の場合、
精神や行動の異常といった病気の徴候が
現れてから患者に質問し、
その結果にもとづいて診断する必要がなくなる。
DNA指標を使えば、なんらかの精神や
行動の徴候が現れるはるか前、
人が生まれてすぐの段階で、
精神疾患のリスクを予測できる。
DNA指標はこのようにして予測への扉を開き、
最終的には、患者が精神疾患を
発症して手の施しようがなくなる前に、
病気を予防することが可能になるだろう。
この指標はまた、
遺伝学においても特別な意味をもつ。
この指標を使えば、
家族のメンバーの平均的なリスクではなく、
一人ひとりのリスクを個別に予測することが
はじめて可能になるからだ。
家族のメンバーは遺伝的に大きく異なるため、
これは重要な点だといえる。
あなたは両親やきょうだいと
遺伝的に50%ほど似ているが、
裏を返せば、50%も違うのだ。
DNAにまつわるこうした新たな展開については、
本書の第Ⅱ部で掘り下げていく。
DNA指標が存在する新時代の到来によって、
心理学と社会、
さらには自分自身についての
私たちの考えは大きく変わるだろう。
DNA指標の応用や、
それがもたらす影響というのは論争を呼ぶテーマであり、
本書でもいくつかの懸念について論じるつもりだが、
私自身は、
この変化を歓迎している。
いずれにしろ、
ゲノムという魔神は解き放たれてしまい、
もはや瓶のなかに戻すことはできないのだ。
ふたつの理由から、
本書は心理学に焦点をあてている。
ひとつめの理由は、心理は「自分らしさ」、
つまり私たちの個性の本質だから。
DNA革命がもたらした結論の多くは他の科学分野、
たとえば生物学や医学にもあてはまるが、
この革命が個人にとってより深い意味をもつのは、
心理の側面だと思われる。
ふたつめの理由は、
私自身が心理学者であり、45年のあいだ、
メンタルヘルスや精神疾患、
パーソナリティ、知的能力、知的障害の
遺伝学研究の中心にいたためだ。
人生における最高の出来事のひとつは、
ほんとうに好きなことに出会えることだろう。
私の場合は、テキサス大学オースティン校の
心理学の大学院生だった1970年代はじめに、
遺伝学の虜になった。
心理学における遺伝の研究という
新時代のはじまりに立ち会えて、
当時の私は身震いするほどの興奮を覚えた。
どこを見ても、
遺伝の重要性を示す証拠が見つかったし、
心理学という分野で遺伝がずっと
無視されてきたことを考えれば、
それは驚くべきことだった。
自分が正しいときに正しい場所にいて、
心理学研究に遺伝学の洞察をもたらす
助けができたことを幸運に思っている。
とはいえ、
本書を書くまでに30年もかかった。
なぜもっと早く書かなかったのか。
言い訳をさせてもらうと、
遺伝学の重要性を伝えるにはさらに
研究を重ねる必要があったし、
そもそも研究自体が忙しかったからだ。
でもあとから考えると、
べつの理由があったことを認めなければならない。
そう、臆病だったからだ。
いまでは信じられないかもしれないけれど、
30年前は、
人間の行動に違いをもたらす
遺伝的な原因を研究して、
それについて科学誌で発表するなんてことは、
専門家として危険な行為だった。
おまけに、
論争を呼ぶような主張を公然とすることは、
私個人にとっても危険だった。
でもいまでは、
時代の空気が変化したおかげでずっと書きやすくなったし、
書くのを先延ばしにしたことで、
思いがけない幸運にも恵まれた。
30年前には予想もしなかったかたちで
DNA革命が進展したために、
語るべき話がより興奮に満ちたものに、
そして、
より差し迫ったものになったからだ。
いまではDNAそのものを使って、
私たちがどんな人間なのか、
将来どんな人間になりそうなのかを
予測することがはじめて可能になったのだ。
研究を個人的な物語として語りつつ、
科学研究の経験をみなさんと分かち合うために、
本書には私の人生の物語と私自身のDNAが
織り込まれている。
遺伝学と心理学が統合され、
やがてDNA革命として結実した。
このふたつの分野が生む胸躍るような相乗効果を、
読者のみなさんにも、
まるで研究者になったかのように
感じていただければと思う。
本書には、
DNAがいかに「自分らしさ」を形づくるかについての
私の主観的な考えも書かれているものの、
研究結果をできるだけ誠実に、
誇大な宣伝なしにお伝えするよう最善を尽くした。
しかしデータを離れて、
その意味するところについて探究するにつれ、
いくつかの問題はますます物議を
醸す性質を帯びていくはずだ。
私の目的は、
ポリティカルコレクトネス〔政治的な正しさ〕に
配慮して言葉をやわらげることなく、
データにもとづいた真実をお伝えすることである。
本書は、
私たちが親から受け継ぐDNA差異の
重要性に光をあてているため、
読者のみなさんのなかには、
とっくの昔に葬り去られた
「生まれか育ちか」論争をまた蒸し返すのかと
思われる方もいるかもしれない。
しかし研究者としてのキャリアをとおして、
私は「生まれか育ちか」ではなく、
「生まれと育ち」なのだと強調してきた。
心の働き方の個人差には遺伝と
環境の両方が影響するのだ、と。
遺伝と環境がどちらも重要だという認識があったからこそ、
生まれと育ちの関係についての研究が進展し、
その結果、
数々の研究結果がもたらされたのだ。
しかし「生まれと育ち」という主張にも問題がある。
遺伝と環境の影響は結局のところ、
切り離せないのではないかという誤った考えに
戻ってしまうおそれがあるからだ。
私たちが経験する環境が、
「自分らしさ」に影響するという考えなら、
だれもがすんなり受け容れられるはずだが、
DNA差異の重要性を認識している人はあまりいない。
「自分らしさ」を決める青写真としての
DNAに私が焦点をあてるのは、
DNAの違いこそが、
人の心理的な違いの主要な系統的
みなもとであることがわかったからだ。
環境の影響もたしかに重要だけれど、
近年の研究からわかったのは、
環境の影響はたいていランダムなもの、
つまり一貫性がなく不安定なものであり、
それについて私たちにできることはあまりないということだ。
本書をきっかけに、
これらの問題についての
議論がはじまることを願っている。
対話を意義あるものにするには
DNAリテラシーが必要であり、
本書ではとくに複雑な心理的形質についての
DNAリテラシーを提供したいと思う。
それにはDNAや、
個人差の統計学、DNA革命につながる
技術革新についての知識が必要なため、
本書では、
そうした複雑な事柄をできるだけ易しく説明するよう努めた。
参考文献やくわしい説明は、
巻末の「原註」におさめている。
本書のなかで真正面から取り組む
問題はあまりに複雑なため、
なるべく話が脇に逸れないように努めた。
そのため、
大変興味深いものの、
DNA差異と心理的形質との関係について
理解するのに必要のないテーマについては触れていない。
私がしぶしぶ割愛したテーマは、
進化やエピジェネティクス、
遺伝子編集などである。
心理学におけるこの歴史的瞬間について
私が感じている興奮が、
みなさんに伝わることを願っている。
初期の研究から得られたメッセージは
いまようやく浸透しはじめたところだ。
そのメッセージとは、
DNAこそが「自分らしさ」を形づくる系統的で主要な力、
つまり青写真であるというものだ。
この認識がもたらす影響は、
子育てや教育、さらには社会のあり方にまで
およぶほど大きい。
しかし、
これはまだ、メインイベントの土台にすぎない。
DNAにもとづいて、
私たちの心理的な問題や可能性を予測する
未来の土台である。
私たちはいま、
DNAが心理学を科学的に、
そして臨床的に一変させ、
心理学が私たちの人生におよぼす影響を
変化させる転換点にいる。
私たちの未来はDNAにある。
