2025/2/28

世紀の対決!アンチ量子力学の旗手にして稀代の天才「アインシュタイン」 VS 量子力学の巨星「ニールス・ボーア」!

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

世紀の対決!

アンチ量子力学の旗手にして

稀代の天才

「アインシュタイン」

VS 量子力学の

巨星「ニールス・ボーア」!

 
 

 


 

たとえば、全宇宙が1個のバケツだと

考えてみたらどうだろう?」

 


「猫のかわりに人間を

入れてみたらどうだろう?」

 

空間、重力、量子、確率……

 


目に見えず、

手でも触れない未知のものに

囲まれている人類は


とりあえずどこかに歩きはじめるため

思考実験によってその正体の見当をつけてきた

 

 

思考実験とは


自然を拷問にかけ、

極限まで追い込んで隠れた真理を

「白状」させる行為だ。

 

 

仮説をどう立てるかも、

設定をどう変えるかも、

頭の中では自由自在。

 


だから思考実験は奇想天外で面白い。

 

 

人生の岐路でも役に立つその手法を

思考実験の「名作」を通して学ぼう

 

 

 

 

弁護のための思考実験


アインシュタインと

ボーアの光子箱

 

では、

量子力学についての思考実験を見てみましょう。

 

それは「光子箱」と呼ばれるもので、

ボーアとアインシュタインが激しく論争したときに

双方から提出された思考実験です。

 

 

よく知られているように、

アインシュタインが1921年に

ノーベル物理学賞を受賞したのは、

 

有名な相対性理論によってではなく、

「光量子仮説」が評価されてのことでした。

 

それは光電効果という奇妙な現象について、

光は飛び飛びのエネルギーをもつ粒子の

ようにふるまうからだと説明するもので、

 

これが量子力学の構築に

絶大な貢献をしたのです。

 

だからアインシュタインこそは

量子力学の生みの親の

一人といってもよいのですが、

 

 

それにもかかわらず、

彼はその理論の根本をなす不確定性関係

という考えがどうしても受け入れられず、

量子力学に強い嫌悪感を示しました。

 

 

とくに、

粒子の波動性と粒子性、

位置と運動量などが同時に確定できないのは

それぞれが補い合う関係にあるからで、

 

そこにはあまりとらわれなくてよいという

「相補性原理」を唱えて量子力学の

カリスマとなっていたボーアは好敵手でした。

 

アインシュタインは不確定性関係を打ち破るため、

 

国際会議でボーアと顔を合わせるたびに

得意の思考実験を仕掛けて挑みかかりましたが、

 

そのつど、

ボーアはそれを論破してみせました。

 

 

 
量子力学を受け入れられなかった
 
アインシュタインは量子力学の
 
カリスマボーアに何度も挑みかかった 

 

 

雪辱を期したアインシュタインが1930年、

第6回ソルベー会議でボーアにたたきつけたのが、

この光子箱の思考実験でした。

 

 

量子力学では、

ハイゼンベルクの不確定性関係と同じように、

時間とエネルギーの間にも、

 

 

Δt・ΔE≳h
(tは時間、Eはエネルギー、hはプランク定数)

 

 

という関係があり、

どちらかを確定するとどちらかは

確定できないとしています。

 

単純に考えれば、

位置は3つの次元と一つの時間という

4つのパラメーターで指定され、

 

運動量やエネルギーもこれら4つに結びつけて

記述されるので、

 

ハイゼンベルクの不確定性関係が

位置と運動量の関係なら、

 

残りの時間とエネルギーの間にも

同様の関係があると類推できる気がします。

 

 

実際に、

この関係を用いて「短時間ならある有限の

エネルギーをもつ粒子が存在できる」

などという説明もしたりしますので、

 

この関係が本当に成り立つのかは、

きちんと考えておかなくてはならないことでもあります。

 

 

襲いかかるアインシュタイン

 
 

アインシュタインはこれに対して、

時間とエネルギーはいずれも、

いくらでも正確に測ることができると、

 

光子箱の思考実験を用いて

敢然と反駁(はんばく)したのです。

 

 

"箱の中に、光子が閉じ込められている。

箱には穴があいていて、シャッターで開閉する。

シャッターの開閉時間は、

箱の中に置いた時計で正確に測定できる。

 

そして、

この箱全体はばねばかりに吊るされていて、

光子1個分の重さも測定することができる。

 

いま、

箱全体の重さを測っておいてからシャッターを開けると、

光子が箱の外に出ていく。

 

出ていったらすぐに、シャッターを閉める。

 

一方で、光子が出ていったあとの箱全体の重さを測り、

もとの箱の重さと比べる。これにより、

光子1個の重さがわかる。

 

このとき、

光子が出ていくときに要した時間はシャッターの

開閉時間なので、

箱の中の時計でいくらでも精密に測定できる。

 

また、光子1個の重さが測定できると、

特殊相対性理論によれば質量とエネルギーは

等価なので、

光子1個のエネルギーがわかる。

 

結局のところ、

時間もエネルギーもいくらでも精密に測定できるので、

これは不確定性関係と矛盾する。

したがって量子力学は、

不完全な理論だと思われる。"

 

 

 

 

 

【仮説】
"不確定性関係は成立する。"

 

【仮説からの演繹】
"時間とエネルギーには不確定性関係がある。"

 

【操作法的な演繹】
"時間とエネルギーはともに、いくらでも精度よく測れる。"

 

【結論】
"二つの演繹は矛盾するので不確定性関係は成立せず、

量子力学は不完全である。"

 

 

さすが思考実験の大家というべき切れ味で、

アインシュタインにとっても会心の作だったようです。

 

さしものボーアも動揺の色を浮かべ、

こう漏らしたともいわれています。

 

 

「もしアインシュタインが正しいなら、

物理はもうおしまいだ」

 

 

しかし、ボーアはその夜、

不確定性関係を弁護するこのような

思考実験を編み出して、

 

翌日、アインシュタインに反撃してみせたのです。

 

 

 

ボーアの反撃

 
 

"具体的に、

この箱の重さをばねばかりで測定することを考える。

その測定値は、

箱の動きに応じたばねばかりが指し示す

目盛りの位置で読みとれる。

 

光子が出ていくと、

光子1個分の重量の変化に反応して、

箱は少し上に持ちあがり、

それに対応したばねばかりが静止して、

読みとれるようになる。

 

すると、

箱は地球の重力場の中で、

重力ポテンシャル(いわゆる位置エネルギー)の

高いほうに移動したことになる。

 

重力ポテンシャルの高いところでは

時間の経過が速くなることは、

一般相対性理論が証明している。

 

したがって、

時間を正確に測ることはできないので、

不確定性関係は破綻してはいない。"

 

 

【仮説】
"不確定性関係は成立する。"

 

【仮説からの演繹】
"時間とエネルギーには不確定性関係がある。"

 

【操作法的な演繹】
"箱が動くと一般相対性理論により時間は正確に測定できない。"

 

【結論】
"時間とエネルギーとの不確定性関係は保たれる。"

 

 

なんとボーアは、

アインシュタインの

「最高傑作」である一般相対性理論を逆用して、

 

不確定性関係の弁護に成功したのです。

じつに皮肉な結末といえます。

 

 

 

 
ボーアは幾度も挑んでくるアインシュタインを
 
その都度返り討ちにした 

 

 

ただ思考実験の出来としてはどうでしょう。

量子力学の議論に

一般相対性理論を登場させたのは、

 

発想としては面白いですが、

一般相対性理論と量子力学は

いまだに統合されていないので、

 

刺身を薙刀(なぎなた)で切っているような

違和感もおぼえます。

 

もっともアインシュタインも

特殊相対性理論による質量と

エネルギーの等価性を持ちだしているので、

 

“おあいこ”とはいえますが。

 

また、不確定性関係を議論するのですから、

とくに「時間の不確定さ」とは何を意味するのかを

明確にしなくてはなりません。

 

位置と運動量の不確定性関係は、

量子力学が本来もっている

波動現象の本質的関係ですが、

 

「時間」とエネルギーの不確定性関係は、

量子力学から当然のようには出てこないのです。

 

 

その点でボーアの思考実験は、

アインシュタインの光子箱を回避しただけで、

 

量子力学におけるエネルギーと

時間の不確定性関係を一般的に

確証したわけではありません。

 

 

そして何より、

アインシュタインの光子箱とボーアの光子箱では、

 

まな板にのせられた「不確定性関係」が

同じものを指しているのかという問題があります。

 

アインシュタインがなくしてみせたのは

時間の測定とエネルギーの測定に生じる

時間幅でしたが、

 

ボーアのほうは、

箱の質量の測定に要する時間に

不確定な幅があるということです。

 

光子が放出される際の時間幅とは

関係ありません。

 

つまり、

肝心の光子放出という事象とは

無関係な量の議論になっているのです。

 

このようにボーアの光子箱は、

時間とエネルギーの不確定性関係の

弁護になっているかといえば、

 

かなり疑問です。

 

もともと、

量子力学の形式には時間という物理量がないことが、

このような論争の根っこにはあるのでしょう。

 

 

<参考:榛葉 豊・工学博士