人類は進化の過程で共感力を獲得し、
言語を発達させてきた。
そのなかで生まれたのが歌やダンス、
演劇だった。
そうして演劇は人と人とを繋ぐ芸術となっていった。
戦争が止まらないこの時代にこそ
私たちはもう一度立ち止り、
人類の来し方に思いを馳せたい。
「知略革命」はこうして起きた
ゴリラやチンパンジーとの生存競争に敗れ
ジャングルから追い出された私たちヒトは、
その弱さ故に、
集団で寄り添いあって行動するための
コミュニケーション能力を育ててきた。
成長に時間のかかる子どもを守るためにも、
群で生活し、
互いに協力しあっていく必要があった。
おそらくそのために、
ホモ・サピエンスの登場以前から、
ヒトは「共感力」を発達させてきた。
ネアンデルタール人や、
その他にも世界中に棲息したとされる
私たちサピエンスの従兄弟たちも、
おそらく共感のための「踊る身体」と
「歌う身体」は獲得していた。
ここまでが前回も紹介した山極壽一氏の仮説だ。
さらに遅くとも二十万年前には、
人類は火を様々な形で利用していたようだから、
「たき火を囲む」といったコミュニケーションも、
この頃から始まっていたのだろう。
暖をとるためには、
人々はどうしても火に向かって
手をかざしただろうから。
だがこれら旧人たちとホモ・サピエンスの間には
一つの大きな隔たりがあった。
それが、これも前回も紹介した
「認知革命=虚構を共有する力の獲得」なのだが、
私はもう一つ、
現生人類には大きな社会的進化が
あったのではないかと考えている。
それは「謀をする力」だ。
「共感革命」「認知革命」に倣うなら
「謀略革命」といってもいい。
謀略が言い過ぎならば
「戦略革命」「知略革命」とでも言い換えようか。
かつてオーストラリア大陸に棲息していた
大型の動物たちは、
ホモ・サピエンスがこの大陸に移り住んだ
五万年ほど前から急速に姿を消し、
その多くが数万年で絶滅したと考えられている。
気候変動なども理由に挙げられるが、
現状、
私たちホモ・サピエンスによって
滅ぼされたという説が有力だ。
さらにアメリカ大陸には、
およそ一万四千年前に人類が到達し、
それからたった数千年で、
ほとんどの大型動物たちが絶滅していった。
道具(武器)の利用、
火の活用などホモ・サピエンスが
大型動物を絶滅させてしまった理由は様々だ。
特に私が面白いなと思ったのは、
私たちサピエンスの外見的な弱々しさも
理由だったという点だ。
か細い腕や足、
幼児のように体毛が薄く牙も角もない。
こんな、
まさに「人畜無害」に見える弱っちい生き物が、
後ろ手にこん棒を隠し持っていると
大型動物たちは夢にも思わなかった。
だから、
この新参者が近づいてきても、
サイやライオンたちは、
うさぎか鼠がじゃれついてきたくらいにしか
感じなかったのだろう。
「ヒトというのは凶暴で危ないものだ。
近づいたら逃げなければならない」という意識が
共有される以前に多くの種が殺されていった。