2024/5/22

海の中でひっそり生きる 「理論的に不老不死」の生物、 その驚異の生態

 
 
 
 
 

海の中でひっそり生きる

「理論的に不老不死」の生物、

その驚異の生態

 
 
 
 
 
 

 

 

「不老不死のクラゲ」として知られるベニクラゲ

 

 
生物科学の進化にもかかわらず、
 
海はまだ多くの謎に包まれている。
 
そこには、
 
人間の理解を超え、
 
想像力の限界に挑むような生き物が
 
たくさん潜んでいる。
 
 
そうした驚嘆すべき海洋生物のひとつに、
 
クラゲがいる。
 
 


数億年前から地球の海に生息してきたクラゲは、
 
神秘的な美しさをたたえるものもいれば、
 
地球の生き物とは思えないような
 
異様な姿のものもいたりと多種多様だ。
 
 
 
オワンクラゲの幽霊めいた発光、
 
キタユウレイクラゲ
(英名はlion’s mane jellyfish=
 
ライオンのたてがみクラゲ)の長く伸びる触手など、
 
それぞれの種が自然界で独特な
 
適応や進化を遂げている。
 
 


そのなかでも際立って特異な能力をもつのが、
 
「不老不死のクラゲ」として知られるベニクラゲだ。
 
 
指の爪ほどの大きさの、
 
あまり目立たないこのクラゲは、
 
成熟後に若い「ポリプ」の形態に戻れるという
 
類まれな能力がある。ポリプというのは、
 
クラゲのライフサイクル(生活環)の
 
初期ステージにあたり、
 
通常は海底など固い表面にくっつく。
 
 


このステージのベニクラゲは
 
小さな茎のような形をしていて、
 
上に伸ばした触手で餌のプランクトンを捕らえる。
 
 
 
ポリプは無性生殖でき、
 
出芽して新しいポリプを次々に産み出し、
 
コロニーを形成する。
 
 
 
クラゲのライフサイクルにおいてポリプ期は
 
決定的に重要で、
 
その後、
 
自由に泳げる成熟した「メデューサ」
 
(よく知られる姿のクラゲ)の
 
形態に成長する基になる。
 
 


原理的に、
 
ベニクラゲはストレスを受けたり傷を負ったり、
 
年をとったりすると、
 
現存する細胞をすべて若返らせることが可能だ。
 
 
 
分化転換(transdifferentiation)と
 
呼ばれるこのプロセスによって、
 
クラゲはライフサイクルの始めの段階に
 
理論的には無限に戻ることができるため、
 
生物学的に不老不死という
 
比類のない存在になっている。
 
 


この驚異的なメカニズムによって、
 
ベニクラゲはライフサイクルや老化に関する
 
人間の認識にも挑戦を突きつけている。
 
 
 
 
 

ベニクラゲはどのように

老化を回避するのか

 
 
科学者たちはベニクラゲのゲノムの解読に成功し、
 
ほかの類似種の場合と同じくらい詳細で質の高い
 
複雑な遺伝子設計図を明らかにしている。
 
 
 
2022年にそれぞれ学術誌
 
米国科学アカデミー紀要(PNAS)」と
 
DNAリサーチ」に発表された2つの研究
 
(編集注:後者は日本のかずさDNA研究所と
 
ベニクラゲ再生生物学体験研究所、
 
東京電機大学の共同研究)によると、
 
ゲノムは以前の推定とほぼ一致する
 
およそ4億塩基対からなり、
 
遺伝子は2万3000個あまりあった。
 
 
特異な若返り能力で重要な役割を果たす
 
可能性のある多数の遺伝子も特定された。
 


ゲノムからは、
 
細胞がいつ、どのように分化転換を行うべきかを
 
指令する遺伝子配列が見つかった。
 
 
分化転換は次のようなステップを踏む。
 


・遺伝子の活性化
 
ベニクラゲの特定の遺伝子は、
 
そのクラゲがストレスや傷を受けたり、
 
老齢になったりすると活性化し、
 
細胞にシグナルを送って分化転換を促す
 
 


・細胞の形質転換
 
分化転換の過程でクラゲ体内の成熟した細胞は
 
形態と機能を変化させ、
 
実質的にさまざまな種類のより若い細胞になる。
 
 
これらの若返った細胞が若いポリプを
 
構成することになる。
 
 
この形質転換は、
 
多数の遺伝子の発現を変化させ、
 
あるものはオン、
 
あるものはオフにすることで行われ、
 
それによって現在の細胞を、
 
分裂して新たに成長できる状態に戻す
 


・再生と若返り
 
形質転換した細胞は互いに協力し合って
 
クラゲの体をポリプ形態につくり変えていく
 


ゲノムの解読によって、
 
このプロセスに関与する遺伝子や
 
その制御機構を詳しく調べられる。
 
 
科学者たちはこれらの遺伝子やその機能を、
 
より普通の仕方で老化する生物のものと比較することで、
 
ベニクラゲが老化、
 
つまり細胞の分裂・成長能力の喪失という、
 
ほかの種が受け入れている運命を
 
逃れられる仕組みを解き明かしたいと考えている。
 
 

では地球で最も古くから生きている

生物はベニクラゲなの?

 
 
ベニクラゲは、
 
理論的には永遠に生き続けられるという
 
驚くべき能力をもっているが、
 
この「不死の」クラゲを現生する
 
地球最古の生物だと主張するのは難しい。
 
 
というのも、
 
広大な自然の海に生きるベニクラゲは、
 
捕食や環境の変化といった事象で
 
死んでしまう可能性があるからだ。
 
 
さらに、
 
この小さな生き物を広大な自然の生息域で
 
研究することはたいへん難しく、
 
野生のベニクラゲが長寿であることを示す
 
具体的な証拠はない。
 
 


それでも、
 
たとえベニクラゲが実際には
 
永遠に生きられなくても、
 
このクラゲの特異な能力について
 
理解を深めることは、
 
海の謎のひとつを解き明かすだけでなく、
 
再生医療を進歩させたり、
 
人間をはじめとするほかの種の
 
アンチエイジングの解決策を探ったりするのにも
 
役立つだろう。
 
 
それを通じて、
 
生命の境界が広がる未来も
 
垣間見せてくれるかもしれない。
 
 
 

<参考:>