脳の健康は、個人、チーム、リーダー、
そして組織にとって、
今日におけるきわめて
重要な課題である。
世界各国の指導者が集まる第81回国連総会でも
「脳機能資本(ブレインキャピタル)」が焦点となっており、
欧州脳評議会(European Brain Council)が
主催する「ブレイン・デイズ」から
「グローバル・ブレイン・エコノミー・サミット」にいたるまで、
関連するさまざまな取り組みが行われている。
脳の健康とは、
私たちが互いに関係を築き、
社会に有意義な貢献をし、
生涯にわたって適応していくことを可能にする、
脳の能力とウェルビーイング
(精神的・身体的・社会的に良好な状態)の双方を指す。
脳が健康であれば、
思考力が高まり生産性が向上するだけでなく、
他者とより良い関係を築き、
感情をコントロールし、
社会的な課題に適応し、
回復力(レジリエンス)を発揮できるようになる。
それは、
身体的、認知的、感情的な健康を包含する、
あらゆる側面のウェルビーイングに関わっている。
脳の健康とつながり
私たちの脳は生涯を通じて変化し続ける。
胎児期の状態から、
睡眠、栄養、運動、環境にいたるまで、
脳の健康に大きく寄与する要因は数多く存在する。
なかでも、
脳の健康を考えるうえで特に重要なのが、
人とのつながりや社会的支援である。
この分野の研究は非常に興味深く、
人間関係やコミュニティを強化するための
実践的な示唆や戦略を示している。
1. 頻繁につながる
脳の健康を育む方法の1つは、
他者と頻繁に関わりを持つことだ。
なぜなら、それが学習、記憶、実行機能、
処理速度、および総合的な
認知機能と結びついているからである。
学術誌『Archives of Gerontology and Geriatrics
(老年学・老年医学研究アーカイブ)』に掲載された研究では、
研究対象者が他者と週4回接触していた場合、
週1回接触する場合と比べて海馬の体積が改善していた。
海馬の体積は、学習や記憶だけでなく、
実行機能や処理速度とも関連している。
この研究では、他者と同居していることや、
ソーシャルネットワークの質も影響を
及ぼしていることが明らかになった。
『国際神経心理学会誌
(Journal of the International
Neuropsychological Society)』
に発表された別の研究では、
社会活動の活発さが総合的な認知機能と
関連していることが示された。
実際、社会的にアクティブな人々は、
認知機能の低下速度が70%も抑制されていた
2. 友人関係を築き、維持する
つながりによって脳の健康を保つもう1つの方法は、
友情を維持し育むことだ。
友人との交流は、認知機能、記憶、処理速度、
実行機能、そしてストレスや感情の
コントロールと結びついているためである。
学術誌『eLife』に掲載された、
1400人を6年間にわたり追跡した研究によると、
社会的に孤立している人は、記憶、処理速度、
実行機能などの認知機能が劣っていることが示された。
こうした能力の低下は、
海馬の体積減少や皮質厚の減少が原因であった。
さらに、友人が3〜4人いる人と比較して、
友人が1人しかいない人は、
海馬が1年分老化するのと同等の影響を受けていた。
他者との強い絆も、脳の健康に影響を与える。
学術誌『Brain Sciences』に掲載されたメタ解析によると、
2000人以上を対象とした37件の研究を分析したところ、
他者との愛着が強い人は、
自律神経系や脳活動、生化学的変化への影響を通じて、
ストレスが少なく、
感情のコントロールが優れていることがわかった。
また、
『Social Cognitive and Affective Neuroscience
(社会認知・感情神経科学)』に掲載された研究では、
他者と安定したつながりを持つ人は、
脅威に対する扁桃体の活性化が抑制され、
ストレスや不安が軽減されることが示されている。
実践への示唆:
意識して友人関係を築き、維持しよう。
共通の関心や共有する価値観といった、
友情の柱となる要素に基づいて友人を探すとよい。
友人と時間を共にし、語り合い、
耳を傾け、共感し合おう。
3. 社会的支援を育む
ソーシャルネットワークを築き、
社会的支援を得ることも、
認知症のリスク低下につながり、
脳の健康を高める。
学術誌『Journal of Alzheimer's Disease』に
掲載されたメタ解析では、
230万人を対象とした33件の研究を分析した結果、
ソーシャルネットワークが不十分な場合、
認知症のリスクが59%上昇し、
社会的支援が乏しい場合は
28%上昇することが明らかになった。
その一方で、
10年間にわたる縦断研究では、
社会的な関わりが多いほど、
認知症のリスクが大幅に低下することが示されている。
さらに、
学術誌『Nature』に掲載された、
21件の縦断研究における60万人以上を
対象としたメタ解析によると、
孤独を感じている人は、
認知症全般のリスクが31%高くなることがわかった。
4. ソーシャルネットワークを拡大する
グループの中で他者とのつながりをより強く感じることも、
脳の健康を育む。
ソーシャルネットワークへの統合が進むほど、
記憶力の向上、
社会的認知の改善、
そして絆の強化や協力関係の構築に
つながることが明らかになっている。
学術誌『American Journal of Public Health』に
掲載された1万6000人以上を対象とした研究によると、
結婚、友人関係、ボランティア活動、
近所付き合いなど、
複数の関係に最も深く統合されている人々は、
関わりが最も少ない人々と比較して、
記憶力の低下が半分に抑えられていた。
『Nature』に掲載された別の研究によると、
より大規模で複雑なソーシャルネットワークを持つ人は、
扁桃体の体積が大きく、それが社会的シグナルの解読、
注意を払うべき最重要事項の特定、
社会状況の理解、感情のコントロール、
そして学習能力に影響を与えていた。
学術誌『Journal of Neuroscience』に
掲載された研究でも、
こうしたソーシャルネットワークが扁桃体の
体積を増やすだけでなく、
社会的シグナルの理解を助け、
絆の形成や他者との協力関係を促す脳領域と
扁桃体との接続を強化することが確認されている。
実践への示唆:
集団の中で人々と知り合おう。
協会や団体に加入する、チームで一緒に働く、
他の人たちを誘ってグループで交流するなどだ。
そうすることで、
グループが持つエネルギーの恩恵を受けられる。
また、1つの活動を通じて複数の人と関係を築き、
人々の間の社会的ダイナミクスを学ぶ機会も得られる。
5. 自然や刺激的な環境の中で過ごす
つながりと脳の健康を育む、
特に興味深いもう1つの方法は、
自然の中や、
刺激的な室内環境で過ごすことだ。
これらは、脳の活動、認知機能、回復力、
心の健康にプラスの影響を与えるだけでなく、
帰属意識やつながりにも好影響を及ぼす。
また、血圧や睡眠にも影響を与える。
学術誌『Scientific Reports』および
『International Journal of
Environmental Research and Public Health』に
掲載された研究では、
自然の中で過ごす時間を増やすことで、
血圧、睡眠、メンタルヘルスが改善されるだけでなく、
脳の活動や認知機能も向上することが示されている。
さらに、
学術誌『Landscape and Urban Planning(
景観・都市計画)』に
掲載された38件の研究のメタ分析に基づくと、
自然の中で過ごす時間は孤独感を和らげ、
他者への帰属意識やつながりを強めることができる。
カーディフ大学が発表した別の研究では、
オフィス環境ではなく自然の中で
探索型の活動を行った人々は、
他者とのつながりをより強く実感したと報告している。
刺激的な屋内環境で過ごすことも、
脳の健康を活性化させる。
実際、より広々として空間的な目新しさがある場所
(例えば、多層階の住宅など)は好影響をもたらし、
異なる活動に異なる部屋を使用すること、
空間内をより多く移動すること、
日常のルーティンに変化を持たせることも効果的であった。
『International Journal of
Environmental Research and Public Health』に
掲載された研究によると、
これらすべてが認知機能の向上とメンタルヘルスの
改善につながることが示されている。
実践への示唆:
屋外に出て、屋内でも前向きな環境を求めよう。
自然の中で過ごすと、
より広い視野を持つことができ、
自分の殻から抜け出して他者に共感し、
つながりを感じる能力が高まる。
美術館やアートギャラリー、デザインの優れた
職場環境などに足を運び、
魅力的な屋内環境を探してみよう。
また、空間の使い方を変えたり、
アートや音楽、色彩で彩ったりして、
住環境を整えることも有効だ。
脳の健康を大切にする
変化のスピード、圧倒されるような状況、
ストレス、そしてAIへの
「思考の過度な依存(コグニティブ・サレンダー)」
の進行といった課題に直面する中、
脳の健康は引き続き重要な優先事項であり続ける。
そして、
脳の健康を高めるあらゆる方法の中でも、
人とのつながりは最も強力で
影響力のある手段の1つなのだ。



