2026/10/19

ヒトの細胞は 「約50回」しか分裂できない… 寿命との意外な関係と、 「永遠に分裂する細胞」の正体

 
 
 
 
 
 
 
 
 

ヒトの細胞は

「約50回」しか分裂できない…

寿命との意外な関係と、

「永遠に分裂する細胞」の正体

 
 
 
 
 

120年に一度咲くタケ、

7000歳のサンゴ、

若返るクラゲ……。

 

 

地球上には、

様々な手段で自らの体を更新し続け、

悠久の時を生きる「不老長寿生物」たちが

数多く存在しています。

 

しかし、体が変わり続けるならば、

「私」の本体はどこにあり、

「死」はどう定義されるのでしょうか。

 

 

そして、

なぜヒトは同じように不老長寿と

なるようには進化しなかったのでしょうか?

 

 

こうした死と寿命を巡る謎を、

進化学の視点から解き明かしていくのが

『不老長寿の進化学 我々はなぜ「死」を選んだのか』

です。

 

 

本記事シリーズでは、

この注目の新刊から興味深いトピックの

数々をご紹介していきます。

 

 

今回は、

私たちの寿命に影響すると考えられる

「細胞分裂回数の上限」について見ていきます。

 

寿命と細胞分裂回数には、

どのような関係があるのでしょうか? 

また、大人と子どもの細胞では、

分裂能力に違いがあるのでしょうか?

 詳しく見ていきましょう。

 

 

 

細胞の死と個体の死

 

ヒトの細胞が分裂できる回数には、

上限がある……。このことを発見したのが、

アメリカの生物学者、レオナード・ヘイフリックです。

 

彼の名前にちなんで、

細胞が分裂できる回数の限界は

「ヘイフリック限界」と呼ばれています。

 

 

この「ヘイフリック限界」のことを知ると、

勘のいい方は、

これが個体の寿命の原因になって

いるのではないかと予想するのではないでしょうか? 

 

 

これまでの研究成果は、

おおむねその予想通りです。

 

そういった知見を2つ紹介しましょう。

 

まずは、

哺乳類の種間比較の研究です。

 

哺乳類は、

種によっておおよその寿命が決まっています。

 

ヒトなら最大で100歳程度、

ハツカネズミなら3.5年といった感じです。

 

 

こうした統計を集める一方で、

いろいろな動物の胎児から

線維芽細胞を取り出して、

 

細胞の分裂能力を調べます(線維芽細胞は、

ヘイフリックがヒトの分裂限界を

調べた時に使ったものです)。

 

 

こうして、

いろいろな哺乳類の細胞分裂の

上限が決められていきました。

 

最後に、

個体の寿命と細胞分裂の上限の間に

関係があるか調べられたのです

(図「哺乳類の最大寿命と

最大細胞分裂回数の関係」)。

 

 

 

 
最大細胞分裂回数の関係」

 

 

結果は明白でした。

寿命の長い動物の細胞分裂の上限は、

短命の動物のそれより、ずっと大きかったのです。

 

例えば、

寿命が100歳を超えるヒトの

ヘイフリック限界は50回くらいですが、

 

寿命が3.5年にも届かないハツカネズミの

細胞分裂の上限は、10回以下でした。

 

 

寿命が40年くらいのウマの細胞分裂の上限は、

ヒトとハツカネズミの間の30回くらいです。

 

細胞分裂の上限が寿命を決めているとまでは

言えない程度の相関関係ですが、

これが寿命に影響を及ぼしていることは明らかです。

 

 

 

大人と胎児では、

細胞分裂回数の上限が違うのか?

 
 

次は、

種内比較研究です。

 

用いられたのはヒトでした。ヒトの場合、

胎児由来の細胞のヘイフリック限界は

50回程度です。

 

それでは、

大人から細胞を採取したら、

ヘイフリック限界はどうなっているでしょうか?

 

 

胎児から大人になるまでに、

線維芽細胞はすでに何度も

分裂しているはずです。

 

胎児のもつ50回ほどの分裂能のうち、

すでに何回かは使い終えているはずですから、

 

大人では、

ヘイフリック限界はその分下がっているはずです。

 

この予想を確かめる調査がなされたのです。

 

この目的でヘイフリックは、

26歳から87歳までの成人個体から

提供された線維芽細胞を用い、

ヘイフリック限界を調べました。

 

 

年齢が上がるにつれ、

ヘイフリック限界が下がるというきれいな

関係は見られませんでしたが、

 

成人から採取した細胞のヘイフリック限界の

平均値は20回程度で、

 

胎児より低いことは確かめられました

(図「ヒト細胞のヘイフリック限界と年齢の関係」)。

 

 

 

 

図「ヒト細胞のヘイフリック限界と年齢の関係」

(Hayflick(1965)をもとに作成)イメージギャラリーで見る

データはおおよそ予想を支持したのです

(成人の間では、年齢とヘイフリック限界の間に

関連があることを示す研究成果もありますが、

反対に関連が無いというものもあります)。

 

 

この2つの知見は、

細胞分裂の上限が個体の寿命に影響を

与えていることを強く示唆するものですが、

他にも学ぶことができます。

 

 

例えば、

両者はゆるくしか関連付けられなかった点です。

 

ここから、

個体の寿命は、

細胞分裂の上限のみによって

決められているわけでないことは明白です。

 

つまり、

他にも寿命に影響を与える要因があり、

細胞分裂の上限はその1つにすぎないということです。

 

 

 

不死のヒト細胞……ヒーラ細胞

 

ヘイフリックの結論は、

「ヒトの細胞には分裂限界があり、

永遠には生きられない」、というものでした。

 

しかし、実は但し書きがあったのです。

 

正確には、

「正常なヒトの細胞には……」という具合に、

正常な細胞に限ったことだったのです。

 

 

ということは、

永遠に分裂し続ける異常な

細胞があるということでしょうか?

 

 

その通りです。

ヒトの細胞には、無秩序に分裂し続ける、

死ぬことのない細胞があるのです。

 

がん細胞です。

 

がん細胞とは、

細胞分裂のコントロールが外れ、

無限に細胞分裂する細胞を指します。

 

 

ここで、

ヒト由来のものとして世界で初めて

樹立された細胞株

(半永久的に増殖する細胞集団)を

紹介します。

 

ヒーラ細胞(下図)と名付けられた細胞株は、

1951年に子宮頸がんで亡くなった

女性(の腫瘍)に由来します。

 

 

ヒーラ細胞

 

 

女性の名と姓の最初の2文字ずつをつなげて

ヒーラ細胞という名前になったそうです。

 

彼女は31歳でその生涯を閉じましたが、

彼女の細胞は今でも世界中の研究機関で

分裂を続けています。

 

 

正常なヒトの細胞は、

50回も分裂すれば、

分裂能力を失います。

 

対してヒーラ細胞は、

いつまでも分裂を止めることがありません。

 

 

ヒーラ細胞はどんどん増えるので、

大量に細胞が必要な実験では

うってつけの材料になります。

 

また、

ヒーラ細胞はヒト由来です。

 

様々な病気や薬に、

ヒトの細胞がどのような反応を

示すのか確かめる、

ぴったりのモデルにもなりえます。

 

 

こうした理由から、

ヒーラ細胞は生命科学や医学で

大変な貢献をしてきました。

 

12万以上の科学論文にヒーラ細胞という

単語が現れるのですから、

 

この分野の生物学研究の必須ツールと

言ってもいいでしょう。

 

加えて、

不活化ポリオワクチンの開発にも

一役買っています。

 

医学的にもたくさんの人の

命も救っているのです。

 

もし私ががんになり、

そのがん細胞からヒーラ細胞のような

細胞株が樹立されたとしましょう。

 

 

「個体とは、別のそのようなものとは異なった

遺伝子組成をもつもの」という、

遺伝子に基づく個体の定義に基づけば、

私の遺伝子組成をもつ細胞株も「私」といえます。

 

つまり、私は、

ガラス容器の中で永遠の命を

手に入れたことになります。

 

 

生物学的には、

不死化の成立ですが、

当の私はそれを見て、

「これで安心して死ねる。

 

私の体は滅しても、

ガラス容器の中でもう一人の私が

生き続けているのだから」とは思いません。

 

 

「ガラス容器の中でもう一人の私が生き続ける」、

というのは生物学的には真ですが、

 

それが人間の感覚での

不老長寿にあたらないことは明白です。

 

 

科学における倫理問題に

一石を投じた「ヒーラ細胞」

 
 

ヒーラ細胞は彼女よりずっと長生きしていて、

2020年には、

生誕100周年を迎えました。

 

もう亡くなってしまいましたが、

彼女がこれを知ったらどう思うでしょうか。

 

 

自分の細胞が科学に貢献し、

人命を助けてきたのですから、

誇らしく、うれしく感じるかもしれません。

 

しかし、

きっと彼女の心の中はもっと

複雑なはずです。

 

 

なぜならば、

ヒーラ細胞は、

本人にも、家族にも了承を得ることなく、

秘密裏に樹立・利用されていたからです。

 

 

彼女は、

ヒーラ細胞のことを正式には

知らされることさえなく、

息を引き取りました。

 

しかし彼女の一部は生き続け、

彼女が知らないうちに売買され、

研究に用いられたのです。

 

 

当時は非合法ではなかったようですが、

あってはならないことでしょう。

 

それに、

細胞株にイニシャルだとしても、

ヒトの名前を付けることは、

倫理的かつ個人情報管理的にも不適切です。

 

やってはいけないことを、

たくさんやってしまったのが

ヒーラ細胞だったのです。

 

 

彼女の死後20年以上も経った時、

彼女のご遺族は偶然にヒーラ細胞の存在と

それが自分の身内から

作られたことを知ることになりました。

 

つまり、

細胞株樹立に関わった当事者が、

自発的にご遺族に

知らせたわけではなかったのです。

 

 

自分の愛する家族の体の一部が、

家族の知らないところで生かされ、

 

利用され続けてきたことを、

こういう形で知らされた時の

気持ちを思うと胸が詰まります。

 

 

加えて、

ヒーラ細胞の存在を知ることになった遺族が

説明を求めた際も、

十分な回答が得られないなど、

不誠実な対応がとられた時期さえあったそうです。

 

 

このように、

ヒーラ細胞の樹立と利用の経緯には、

人の尊厳を傷つける行為が散見されるのです。

 

ヒーラ細胞は科学における

倫理問題に一石を投じました。

 

そして、

研究協力者への説明と同意の倫理規定が

整備されていくきっかけになったのです。

 

 

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