2025/3/2

【相対性理論批判】光子は「E=mc²」の明確な反証ということになるのでは? 「光はエネルギーを持つが質量は持たない」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【相対性理論批判】

光子は「E=mc²」の明確な

反証ということになるのでは?

「光はエネルギーを持つが

質量は持たない」が納得できない

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

第1部 

相対論における空間の問題

 
 
 

5 ブラックホールになる星とは

 

ここで別のことも頭をよぎった。

 

例えばある素粒子が光速度近くまで

加速されて質量が増えたとして、

 

崩壊せずに同じ素粒子であり続けるなどとは、

私には何となく釈然としないものがある。

 

ただ、質量が増えたからどうなるという

理論はないのだろうし、

 

現に崩壊したとか変質したとかいう例は

ないわけなので、

 

研究テーマにはならないということなのだろうか。

 

 

ただし、粒子加速器でブラックホールが

できてしまうという半ば

オカルトめいたことは話題になった。

 

それで言うなら、

諸論文においてアインシュタインは

光子にも質量が存在すると

表明しているわけであり、

 

では光速度で動く光子は無限大の

質量を持つはずなのでブラックホール化

しなければおかしいではないか。

 

それは相対論がぜひとも

弁明しなければならない論点だ。

 

 

一応こちら側の理屈を書いておきたい。

 

光子はエネルギーを持つ。したがって E=mc<sup>2</sup>から、

光は質量をもつ。質量をもつものが

光速度まで加速されれば質量は無限大になる。

 

したがって光子はブラックホールである。

 

 

それはさすがに論外だと思うのだが、

相対論の支持者はこれでよいのだろうか。

 

エネルギーを持つが質量を持たないということが

事実によって証明されたのだ、

 

それがわからないような奴は一から学びなおせ ……

ということらしい。

 

相対論に沿った思考をしているつもりなのに、

いつの間にかこちらが現実を無視したことになっている。

 

 

 

 

光がE=mc<sup>2</sup>の例外扱いになる理由を、

私自身考えてみないでもない。

 

一番ありそうなことは、

相対論において光は特別な存在である、

以上証明終わり、というものだ。

 

 

まあそれはさすがに論外なので、

例えば光の特別さとは、

明らかに光速度であることなのだから、

そこから合理的に導く手段はないか。

 

光速度においてのみ、

速度が直接エネルギーに変換され、

質量がゼロでもE=mc<sup>2</sup>が満たされる、

などとか。

 

 

この式が言っているのはmがゼロなら

Eもゼロであるということだが、

光に限ってはmにcを代入することが許される、

 

すると2乗されているcの1つが消せるので(?)

光のエネルギーはcであるという結論になる……

何となく完璧?

 

もちろん私が考えるということは、

相対論支持者の頭の中でいかなる

処理が遂行されているかを

推理することにしかなりようがないので、

 

純粋に考えることとはまた違った難しさがある。

 

ぜひとも支持者の見解を聞いてみたいものである。

 

光子が例外であることを納得のゆく理論で示さない限り、

光子はE=mc<sup>2</sup>の明確な反証として残りつづける。

 

それを指摘することが不勉強の証であるなどとは、

あまりにも常軌を逸したたわごとと言うべきだろう。

 

それは真っ白な白鳥を指さして、

「すべての白鳥が黒いことが、

あの白鳥で証明された」と言い張るようなものなのだ。

 

 

いささか寄り道が過ぎた。

 

私は、質量が増えるということを

単純に問題にしているのではない。

 

質量が増えるとする視点が、

1つではなく本当は無数にあるということが

重大な欠陥なのだ。

 

双子のパラドックスという有名なパズルがある。

 

それを検討することは後回しにして、

ここではそれが兄と弟、

たった2つの視点で語られていることに

注意を喚起しておきたい。

 

相対論は常にこの語り方をする。

列車の内外の人、

縮む運動体を外から見る人と内部の人。

 

 

しかし実は1対1の関係とみなすから

パラドックスのように見えるのであって、

 

1対無限であることを理解すれば、

「1対1」のどちらかの1は全く釣り合わない

1/∞であることが明らかになるのだ。