2025/2/27

こうして「日本」は誕生した…日本人が知らない『古事記』に描かれた「天地開闢」神話の真実

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

こうして「日本」は誕生した…

日本人が知らない『古事記』に

描かれた「天地開闢」神話の真実

 

 

 

神武天皇、教育勅語、万世一系、八紘一宇……。

私たち日本人は、

「戦前の日本」を知る上で重要なこれらの言葉を、

どこまで理解できているでしょうか? 

 



右派は「美しい国」だと誇り、

左派は「暗黒の時代」として恐れる。

 

さまざまな見方がされる「戦前日本」の

本当の姿を理解することは、

日本人に必須の教養と言えます。

 



歴史研究者・辻田真佐憲氏が、

「戦前とは何だったのか?」を

わかりやすく解説します。




「天地開闢」と「国生み」

 
 

もちろん、『古事記』や『日本書紀』に

このような誇大妄想がそのまま

書かれているわけではない。

 

例によって、

都合のいい部分をとりだして、

自分流に解釈した結果生まれたものにすぎない。

 

 

では、

そもそも国譲り以前の日本神話は

どのようなものだったのだろうか。

 

ここでは、

(1)天地開闢(かいびゃく)とイザナキ・イザナミ、

(2)アマテラスとスサノオ、

(3)オオクニヌシの国土経営、

の3つのパートにわけてまとめてみよう。

なお国学では、

『日本書紀』より『古事記』を重んじるので、

ここでは後者の記述をベースとしたい。

 

『古事記』ではまず、

世界のはじまり(天地開闢)に、

 

アメノミナカヌシ(天之御中主神)、

タカミムスヒ(高御産巣日神)、

カミムスヒ(神産巣日神)などの

神々がおのずからつぎつぎに生まれ出たとする。

 

 

「むすひ」(産霊)とは、

ものごとの生産・生成をつかさどる霊妙な力をいう。

 

タカミムスヒは第2章で触れたように、

ニニギの祖父にあたる。

 

 

そしてこのような生成の最後に、

イザナキ(伊邪那岐命)と

イザナミ(伊邪那美命)という男女の神々が生まれる。

 

この二柱の神は、

男女の交わりをして、

つぎつぎに国土と神々を生み出していく(国生み、神生み)。

 

 

 

 

 

ここで神話はグッと現実的になる。

もっとわかりやすくいえば、エロティックになる。

 

イザナキがイザナミに国生みを

持ちかけたときの会話はこうだ。

 

 

「汝が身は如何にか成れる」

「吾が身は成り成りて、成り合はざる処一処あり」

 

「我が身は成り成りて、成り余れる処一処あり。

 

かれ、この吾が身の成り余れる処をもちて、

汝が身の成り合はざる処にさし塞ぎて、

国土を生み成さむとおもふ。生むこといかに」

 

「然善けむ」

 

 

こうしてまず、

淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐島、対馬、佐渡ケ島、

本州の八島が生み出された。

日本の美称、大八洲はこれに由来する。

 

 
 
 

イザナキとイザナミの「その後」

 
 

その後、

イザナキ・イザナミは神々を生んでいくが、

火の神を生んだとき、

イザナミは陰部にやけどを負って死んでしまった。

 

イザナキはそれを嘆き悲しみ、

死者のいる黄泉の国に向かった。

 

ところが、

イザナミはすでに黄泉の国の食べ物を食べ、

身体に蛆(うじ)がたかるなど醜悪な姿になっていた。

 

驚いたイザナキは、

慌ててその場を立ち去った。

 

 

怒ったイザナミは黄泉の国の入り口である黄泉平坂で、

「汝の国の人草、一日に千頭絞め殺さむ」と言った。

 

これにイザナキは「吾一日に千五百の産屋立てむ」と返した。

 

これにより、

ひとびとの生死と人口増加が理由づけられた。

 

 

地上に戻ってきたイザナキは、

黄泉の国に行ったケガレを払うために、

 

筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(あわきはら)

というところで禊祓(みそぎはらえ)を行った。

 

 

 

 

今日、神社でお祓いをしてもらうと、

神主が祝詞をとなえてくれる。

 

そのひとつ祓詞の冒頭部分「掛けまくも畏き 

伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 

禊ぎ祓へ給ひし時に 

生り坐せる祓戸(はらえど)の大神等……」は、

このイザナキの禊祓のことを踏まえている。

 

 

「君が代はなぜ普及したのか?」

「神武天皇によく似た「ある人物」とは?」

「建国記念の日が生まれた背景とは?」

 

 

 
 
 

 

<参考:歴史研究者・辻田真佐憲>