2025/1/17

パリジェンヌの人生観やマチュア世代のヘアケアなど。明日が輝くヒントになる「美容と生き方」5選

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

パリジェンヌの人生観や

マチュア世代のヘアケアなど。

明日が輝くヒントになる

「美容と生き方」5選

 
 
 
 人生100年時代、
 
マチュア世代はまだ折り返し地点!?
 
これからをどう安心して楽しく生きるのか、
 
自分らしい美しさや心地よさを求めて
 
何をすれば良いのか。
 
 
 
 

1位:「おばさんっぽい」服は着ない。

パリマダムは年齢を重ねてこそ美しく!

 
 

人の目を気にせず、恋愛も仕事もファッションも自分のスタイルで謳歌する……そんな"パリジェンヌ流の生き方"に憧れている人も多いのでは?

ルイ・ヴィトンのパリ本社に17年間勤務しPRのトップをつとめ、業界内外で「もっともパリジェンヌな日本人」と称された藤原淳さんが、「すっぴん=ありのままの自分」で爽快に生きるパリジェンヌたちの姿を綴った著書を上梓。その中から「自分らしさ」を貫くための考え方とヒントを4回にわたってお届けします。日本のファッション誌ではおなじみのあのページがフランスには存在しないワケとは?【パリジェンヌはすっぴんがお好きvol.3】

※本企画は、藤原淳さんの『パリジェンヌはすっぴんがお好き』(ダイヤモンド社)からシリーズ4回でご紹介します。

 

 

パリジェンヌはハイヒールがお好き?

 

パリに暮らしていると、街中で素敵な年配の女性とよくすれ違います。私が住む建物の管理人のおばさんは、ポルトガル出身ですが、40年以上もパリに住んでいる筋金入りのパリジェンヌです。そして夏でも冬でも、花柄の短いワンピースにヒールの靴を履いています。

建物で最年長、ファッションジャーナリストの大内順子さんにそっくりの大きなサングラスがトレードマークのおばあさまは90歳を優に超えていますが、彼女もいつもハイヒールです。杖をつきながらヒールでヨチヨチ歩いている姿を見かけると、私など心配でかけ寄りたくなってしまうのですが、一人暮らしの彼女は人の助けを必要としません。

おしゃべりな管理人さんの話によると、彼女がヒール以外の靴で出掛けることはないそうです。ヒール以外の靴は持っていないのかもしれません。

 

 

60年かかって見つけた

自分に似合うヒールの高さ

 
 

ある週末のこと。たまたまエレベーターでそのおばあさまと居合わせることがありました。気まずい沈黙を破ろうとした私は、後先考えず、

「そのお靴、素敵ですね」

と口走っていました。

(くだらないことを言ってしまった……)
後悔していた矢先、マダムがにこりともせずに言いました。

「5センチよ、5センチ」
「??」
「ヒールは5センチが最適なの」

見てみると、確かにヒールは高すぎもせず、低すぎもせず、ぴったり5センチです。

「やっと自分に合う高さがわかったのよ」

キョトンとしている私におばあさまは、

「いろいろわかったのは、60を過ぎてからよ」

そう言い残し、エレベーターを降りて行ってしまいました。

 

おばあさまは、自分に合い、自分が素敵に見えるヒールの高さを長年発掘してきたと言うのです。そしてそれを見つけるのに60年かかったと言うのです。エレベーターに一人、取り残された私は、なんだか背筋を正された思いでした。

 

当時の私は20代後半。自分のルックスが定まらず、試行錯誤を繰り返していた時です。この頃の写真を見ると、かなり一貫性のない格好をしています。服に着られてしまっていたり、ちっとも似合っていなかったり、あまりサマになっていません。豪華な陶器に盛られて肩身が狭そうな惣菜や、反対に粗末なお皿にのせられてあまりパッとしないご馳走のように、なんだかチグハグなのです。

 

 

自分らしいスタイルがなかなか見つからず、焦りを感じていた私ですが、5センチのヒールのおかげで大事なことを見落としていたことに気が付きました。それは、私がこの歳で「サマになっていない」のは、ある意味、当たり前だということです。

 

おばあさまが「サマになる」ヒールを見つけたのは60歳を過ぎてから。つまり、60になるまで、いえ90になるまで、いろいろ試してみたっていいということです。ゆるりと一年一年、試行錯誤を繰り返しながら、自分という軸を確立していけばよいのです。

 

そう思うと、歳をとるのが嫌なことではなく、私だけの密かな楽しみのような気さえしてくるのでした。

「五十にして天命を知る」と言ったのは孔子ですが、5センチのヒールのおばあさまは、「六十にして我を知る」と言い放った強者なのです。

 

 

マダムは年齢を重ねてこそ、

美しく輝く!

 
 

もう一つ、おばあさまが教えてくれた大切なこと。それは、パリジェンヌは「年齢を重ねても美しい」のではなく、「年齢を重ねるからこそ美しい」ということです。それは「老けると劣化する」という私の先入観を根本から覆してしまうような、世紀の大発見でした。

 

職場でも、とりわけ目を引くのは年配のパリジェンヌです。「あっ、素敵だな」と皆が振り返るのは例外なく、若い「マドモワゼル」ではなく、「マダム」と言われる年代の女性なのです

 

そんなマダム達は、決して「おばさんっぽい」服を着ることがありません。ハイヒールでも、ミニスカートでも、胸元を大きく見せる服でも、自分が良しとしたモノは平気で着ます。そして妥協することなく、自分が心地よいと思うことができる形、色、そして素材を選び、自分に合うモノを追い求め続けています。幾つになっても「年相応」の服ではなく、「自分相応」の服を貫いているのです。

 

 

自分らしい生き方を貫く勇気と気概。そんなことを教えてくれたおばあさまは今日もサングラスをつけ、ヒールを履き、近所のパン屋さんにバゲットを買いに行きます。

 

 

2位:

年の差25歳のマクロン大統領夫妻、

アムールの国フランス。

恋愛の多様化はますます加速

 
 
 
自由恋愛大国というイメージの濃いフランス。
 
マクロン大統領夫妻の存在により
 
「フランス人の恋愛に年齢は関係ない」
 
というイメージはより濃くなりましたが、
 
実際はどうなのでしょう。
 
 

エマニュエル・マクロン(46歳)& ブリジット・マクロン(71歳)

2人が恋に落ちたのは、エマニュエル・マクロン氏が16歳の時。当時ブリジットは、彼が通う高校の教師で夫と子どもを持つ身。その後多くの試練を乗り越えながら愛を育み、エマニュエル29歳、ブリジット53歳の時に結婚。10年後にエマニュエルが大統領になったことで、2人の年の差が話題になった。

 

自由恋愛大国フランス。アムールの国フランス………広く人口に膾炙するこうしたイメージに異論を唱える人は少ないだろう。

 

サルトルとボーヴォワールの有名なユニオン・リーブル(結婚をしない自由な恋愛関係)は今や大昔の話だけれど、ジャーナリストから愛人の所在について尋ねられた故ミッテラン元大統領が、「で、それが何か?」と涼しい顔で答えたこと、および、「そりゃそうだよね」と大半の国民がその答えに全面的に納得したエピソードを記憶している方も多いかと思う。

 

もう少し近いところでは、1999年に成立したパックス(PACS)。性別にかかわらず、カップルが共同生活を営み、婚姻と変わらぬベネフィットを取得できるパートナーシップ制度だが、これを選ぶ人は、今や結婚する人とほぼ同数だという。

 

結婚、パックス、あるいはユニオン・リーブルに限らず、けれど離婚やパックス解消という形で恋愛関係に終止符を打つ人もとても多い。そして、終わった恋愛の後には新しい恋愛が待っている。子どもがいようが、高齢だろうが、それが新しい恋愛に踏み出す妨げにはなることも少ない。かくしてフランスでは、様々なパートナーシップの形があり、生まれては消える恋愛関係の結果であるパッチワークファミリーもごく普通の風景だ。幼稚園児同士の会話が、すでに「僕の半分の妹は」「私の半分のお兄ちゃんは」などといった具合。半分の、とは、親のどちらかが違う兄弟という意味だ。

 

そんなフランスではあるが、マクロン大統領が初めて大臣になってその名が知られるようになった時(2014年)、25歳という夫妻の年齢差はそれなりに話題になった。話題になるということは、やはりそれが「珍しい」からであり、またそこに従来つきまとうイメージが必ずしも「ポジティブでない」からである。

 

年若い男性をかどわかそう(!)としたり、愛したりする女性(40歳以上)のことを英語由来の「クーガー」という表現で呼ぶが、これは決して褒め言葉ではない。それは「痛く」て、「えげつなく」て、「獲物を襲うクーガーみたい」。口に出さずとも、そんなイメージを抱く人は、自由恋愛大国フランスですら少なくなかったのだ。だが、そうしたハンディを覆すかのように、マクロンが大統領になった頃までには、夫妻のイメージは総じてポジティブなものとして捉えられるようになり、とりわけ多くの女性たちの賞賛や共感を得るようになったのである。

 

 

マクロン夫妻は、

自由な恋愛観の象徴的存在。

 
 

折しもそれは、フランスにおいてもMeTooの機運が高まり始めた時期と重なる。自由恋愛大国といっても、従来のそれはやはり「男性目線」「男性主導」の呪縛からなかなか自由になれないでいた。冒頭であげたボーヴォワールの「第二の性」から何十年という年月が流れたにもかかわらず、地位や富を得た中高年男性の多くが若い妻や恋人を連れ歩くことにはなんの疑問も抱かない一方で、年長の女性を「クーガー」と揶揄するような社会は、なかなか変われないでいたのだ。

 

自分の心と体に正直に。終わった愛とは潔く訣別し、希望を持って新たな愛に飛び込む。そんな彼らの大らかで毎回真剣勝負の恋愛への姿勢に、時に感心し、時にたじろいできた私だが、しかしその陰には暴力をも伴う支配や抑圧に苦しみ、潰される女性たちがたくさんいたのだ。そのことを、今の私たちは知っている。

 

思えば同性婚の合法化も、欧州他国に比べてフランスは決して早くはなかった(一番乗りのオランダが2001年なのに対し、フランスは2013年)。異性カップルの利用者が大きく上回るパックスも、もともとは婚姻できない同性カップルの法的保護を念頭に設営された制度だったのだ。恋愛大国でありながら、保守的な結婚観や家庭観、あるいは女性差別的な恋愛観という側面を根強く根深く併せ持つフランス。それを一つ、また一つ、軌道修正しながらようやく現在の恋愛観に到達した。その一角に、マクロン夫妻という象徴的なカップルを位置づけてみると、なかなかいい景色だな、と思えてくるのである。

 

 

3位:

白髪はもはやマイナス要素じゃない。

黒髪の時より美人なシルバーヘアの友人

 
 
 

年を重ねると、

いろいろなことを消去法で

選ばざるを得ない?

 
 

五十過ぎの女性のヘア関連の悩みといったら、一に白髪、二に薄毛、三でコシハリってところでしょうか。そして、それゆえに似合う髪型がどんどん少なくなっていく。いろんなことが消去法になってしまうんですよね。若い頃、お姉さんたちの雑誌はどうして髪型の特集が繰り返されるのだろう、そんなにしょっちゅう髪型を変えるのかなと疑問に思っておりましたが、あれはお悩み解決の特集なわけだったのですね。

 

私の白髪はずっと目視で本数を数えられるほどだったのですが、さすがに最近はかきあげると白い輝きが目立つようになってきました。かといって「シルバーヘア」に仕上げるほどの量でもなく、非常に中途半端な状態。で、昨年から定期的にヘナで手入れをしております。ヘナとは大昔から染料として使用されてきたミソハギ科のハーブです。念のため。

 

 

 

現状の白髪対策は、

赤くならないヘナ

 
 

ヘナというと独特の赤茶色にしか染まらず、似合う服も限られてしまいそうなイメージですよね。そこで『uka』のヘナです。ヘナとインディゴをブレンドしたものが何種類かあって、私はヘナ・インディゴ3:7のものを使っているので、ちゃんと深い色味に染まります。トリートメント効果もあって、使い続けるうちに髪に艶が出てくるのだとか。自分でいうのもなんですが、齢60にして(あ〜あ、この数字書きたくな〜い。笑)しばしば髪の艶を褒められます。ヘナはだんだんと色落ちしていくので、時間が経ってもカラーリングのようにプリン状態になることはありません。それもずぼらな私には合ってます。

 

ミッドタウンにある『uka』のサロンで染めてもらうこともありますが、基本はセルフ。自宅には〈ブレンドⅡ〉を常備してあります。やり方は簡単。使い古しのTシャツに着替え、洗面器でヘナの粉をぬるま湯で溶き、マヨネーズぐらいの硬さにしたら櫛で髪に塗布し(事前にシャンプーはしない)、頭をタオルで巻いて1〜2時間放置。家事をしたり、本を読んだり、Netfilixを見たりしております。

 

頭が重くて集中力は落ちるので原稿を書いたことはないですが、わりと自由にしてます。で、しっかり洗い流したら、いつもと同じようにシャンプー&ブローして終わり。Tシャツとタオル、櫛は専用のものを用意してますが、自然のものですし、そんなに神経質にならなくてもいいかもしれません。

 

 

甘糟さんが愛用する『uka』のヘナ。uka King of Ryukyu BlendⅡ

 

 

 

「黒髪の時より美人」

なシルバーヘアの友

 
 

今のところ、3〜4ヶ月に一度のペースで「ヘナ」しておりますが、近い将来、もっと白髪が増えたらシルバーヘアもいいなあと思っております。

 

きっかけは友人の野口美佳ちゃん。かつてはお互い港区に住んでいて、クラブやらバーやら梯子して朝まで飲み明かしたこともありましたが、彼女は現在ニセコ在住で、葉山の別宅にもたまに帰ってくるというライフスタイル。

 

私も海のそばに住んでいます。元々攻めたファッションがよく似合うおしゃれさんでしたが、一昨年カラーリングを止め、いわゆる「シルバーヘア」にしました。それが本当にかっこよくて、同じ歳の友人として誇らしいのです(大げさ。笑)。若さにしがみついていないから逆に若々しくなったというか、年齢不詳というより年齢解放というか。黒髪の時より美人です。

 

私なりに分析してみると、キャラクターが立っていて、コンサバティブじゃないから、シルバーヘアがかっこいいのだという結論に達しました。それから、超ド級の宝石。時々、きらっきらのすごい指輪とか腕輪をつけていて、それがまた灰色の髪を引き立てているのですよね。宝飾品がちゃんと脇役になっているんです。最近はウクライナの民族衣装(刺繍がすばらしい!)や着物を楽しんでいる彼女。自分のスタイルにより磨きがかかっているようです。

 

かといって、私が将来シルバーへアにした時、ウクライナのワンピースを着て、超ド級の宝石を身につけたとしても、全然かっこよくないはず。単なるパクリですからね。いい大人になったら、自分の「好き」を知っていて、それを上手に扱えないとキャラクターは生まれないし、スタイルは確立されません。私も、もっともっと自分の「好き」を追求しようと思います。

 

 

私なりの「薄毛」対策

 

さて、髪の話に戻しましょう。そんなわけで髪の悩みその1「白髪」は、私にとっては悩みではなく楽しみとなりました。

 

その2の「薄毛」ですが、カラー剤やパーマ剤はできるだけ避けた方がいいらしいです。毛穴から強い薬が染みて地肌が荒れ、結局髪の毛が痩せていってしまうのだとか。私はそれを聞いて、カラーリングを止め、ヘナに転向しました。それでも分け目の生え際はやっぱり気になります。出かける際に鏡で確認して大丈夫だったのに、スマホの写真ですんごいハゲに写っているという経験はありませんか? 私はメイクの最後に 『SUMIDAY』のナチュラルヘアバーム・ダークブラウンで生え際の髪を立たせつつ、地肌を塗っちゃいます。本来はおくれ毛や浮き毛を馴染ませるためのアイテムですが、こうした使い方もおすすめ。

 

 髪の毛がピンチになって、前より気を使うようになったらちょくちょく艶を褒められたりなんかするものですから、とにかく調子に乗りやすい私は久しぶりにロングまで伸ばしてみようかなあなんて計画しております。いろいろアレンジしてみたいのよね。

 

 

4位:

ヘアサロンで気疲れしてしまう。

だからセルフカット術を自己流で習得!

 
 
 

「美容院が苦手」という青木さんは約2年前からセルフで髪の毛を切っているのだとか。

そのコツを教えてくれました。

 

 

2年半ぐらい前から

セルフカットをしています

 
 

今回は、セルフカットの話です。もともと昔から私は美容院が苦手でした。あまり喋らないようにしてても気疲れするし、ふたりして鏡越しの自分を見るのも不得意。また老後への節約を意識してからは、白髪を染めてパーマやトリートメントはかなりの出費に感じ、どうにかせねばと思っていました。

 

それで3、4年前から女性も入れるようなカット専門の美容室を探し、何回か通っていました(染めるのは自宅でヘナに挑戦し継続)。上手な女性スタッフさんがいらして、いい仕上がりに。切るだけですぐ終わるし、1800円と安価なのも魅力でした。なので「当分これで」と思っていた頃コロナ禍へ。

 

緊急事態宣言も出て外出がはばかられた2020年の5月頃、まず夫の「散髪どうしよう」問題がおき、バリカンを買って私がカットしてみることにしました。

 

夫はもともと坊主に近い頭ですが、私が初バリカンで均一にがっつり短くしてしまい、「わ、ごめんね!」と。「短くしたかったからいいよ、いいよ」と言ってくれ、ほぼ外出せず伸びたのでよかったですが。その数カ月後、夫は馴染みの散髪屋に戻りました。

 

 

セルフカット動画を参考に

 
 

その時、私も初セルフカットに挑戦。事前にセルフカット動画も探し、なるほどとか、難しそうとか思ったまま、とにかくトライしてみました。夫が切る案もありましたが、自分自身のほうがのちのち困らなそうで。

 

 

最終的には「勘」が大事

 
 

背中を押したのは、以前から元同僚の男友達がインスタに載せていたセルフカット自画像。その友達に「後ろがわからないー!」とつぶやくと、「勘だよ、勘!」と言われたのも「そっか。適当にやってみよう!」と思えた要因でした。

 

以前から伸びた前髪は自分で切っていたので、安い「すきバサミ」は持っており、今回は大量の髪の毛が落ちるので、ケープをアマゾンで購入。

 

いざ、洗面所に古シーツを広げ、上に新聞紙も敷いてセルフカット開始(最後、髪の毛はざっと新聞紙に集めて捨て、シーツは庭でふるって)。首元に毛が入るので、てぬぐいを下に巻いてます。バリカンも使ってみましたが逆に難しく、すきバサミで。

 

それから年に2、3回セルフカットを続け、もう2年半。技術は特に向上せずですが、わりと慣れました。私にとっては苦手な美容院に行かずにすみ、お金もかからず一石二鳥なのでずっと続けそう。私はその分のお金を何かに回したいのです。

 

興味のある方は、セルフカット動画も見てみては。まずは前髪だけとか。勘で切るのもおもしろいですよ。ダメなら次回、美容院へ。髪は伸びるし、取り返しもつきます。

 

 

5位:

60代間近、

シルバーヘアがそろそろ完了。

手に入れた新しい価値観

 
 
 
 
 

50代は、

自分の体に関する選択が増えるころ?

 
 

この春、50代最後の年齢になる。50歳になったときは、60歳はずいぶん先のことに見えていたけれど、いま思うとあっという間だった。いつの年齢もその歳その歳の選択がある。そのなかでも50代は、自分の体に関する検討と選択が増える気がする。

 

わたしが髪のカラーリングをやめたのもそんな選択のひとつだ

 

 

きっかけは、

白くしたほうが楽しそう

 

以前は、60代になったら「髪の色をどうするか考えよう」と、思っていた。けれど、現実には、50代半ばに「シルバーヘアにしよう」と決めた。カラーの周期が短くなったことだけが、シルバーヘアーにしようと思った理由ではない。なんとなく──白くしたほうが楽しそう──そんな気がしたのだ。

 

楽しい気がしたのは確信があったわけではなく、ただ「楽しくなる方法」が何かあるはずなので、それを見つければいいというものだった。その「楽しくなる方法」を、わたし(たち)は、あまり知らず、また、共有できる場も少ないため、髪の色が変わることをネガティブに捉えてしまう傾向にある。でも「楽しくなる方法」が実際にあり、選択もでき、シルバーヘアに移行する過程も結果も快ければ、わたし(たち)は、新しい価値観を手にできる。スタートのときからいまも、そのことを考えている。

 

 

プロの力を借りて、

どんどん楽しく、軽やかに

 

シルバーヘアにするときに選んだのは「髪を伸ばす」こと。いま、髪は、肩下まであります。長いですね。カラーリングが残っている毛先の部分は、5、6センチ。朝、鏡を見ると、笑ってしまうくらい「こわい」です。でも、長くすることで、ヘアスタイルの選択が増えるので、わたしは伸ばしてよかったと思っている。

 

「楽しくなる方法」は、ひとりで見つけるのはむずかしく、やはり(何度も書いていますが)受け入れてくれるサロンの方の存在が大きい。髪をカットし、ブローしたあと、スタイリングをしてくれたり、アドバイスをしてくれるのは、手間も時間もかかる。それをしてくださる方がいるからこそ、現実に「楽しくなる方法」になっていくのだ。ヘアコーム、ヘアスプレー、ヘアゴム、ヘアピン、ヘアオイル、ヘアワックス、ヘアアイロン。この2年で、いただいたり、教えてもらい手にしたものがいくつもある。あると助けてくれるもの、プロならではの使い方、おすすめなどは「楽しくなる方法」をより現実にしてくれる。

 

 もうすぐ59歳。これから次々と訪れる課題(肌や体型、その他色々)に対しても「楽しくなる方法」を見つけていきたい。何より、シルバーヘアへの移行が終わったあとの「白い髪のわたし」を楽しみたい。

 

 

<参考: 松岡 正剛>