
「アマゾンの熱帯雨林が減ると酸素供給が減る!」。
かつてフランスのマクロン大統領はこう叫んで人々を脅したが、
これはまったく科学的な態度ではなかった。
アマゾン以上に、「2050年の地球温暖化の危機」は、
環境問題に取り組む政治家たちにとってホットなテーマだが、
マクロン同様に科学は脇に押しのけられている。
実際のところ温暖化の進展は、
人類の生存に不可欠な酸素・水・
食料の供給にどう影響するのか、
これらの問題を横断的に研究している専門家が解説する。
世界の温暖化が進んでいけば
酸素と水と食料はどうなる?
人類の生存に欠かせない、
酸素と水と食料という3つのものに立ち戻り、
温暖化する地球でそれらの供給がどうなりそうか、
考えてみよう。
大気中の酸素濃度は、
温室効果ガスが引き起こす
気温のわずかな変化には影響を受けないが、
人間が引き起こす地球温暖化の主な原因、
すなわち化石燃料の燃焼のせいで、
ほんの少しばかり低下している。
最近では、
1年当たり約270億トンの酸素が、
化石燃料の燃焼によって大気から
取り除かれているのだ。
森林火災や家畜の呼吸によって
失われる分も考慮に入れると、
大気に含まれる酸素の毎年の正味の減少量は、
21世紀初頭には約210億トンとされた。
これは、
大気中に存在している酸素の、
1年当たり0.002%足らずの減少という計算になる。
大気中の酸素濃度を直接測定することで、
このわずかな減少が確認されている。近年、
それは約4ppmに相当する。
空気には100万分子当たり21万近くの
酸素分子が含まれているので、
これは毎年0.002%の低下となる。
この割合でいくと、
大気中の酸素濃度が3%下がるまでに
1500年かかる。これは、
西ローマ帝国が滅亡してから過ぎた年月に、
ほぼ等しい。
だが、実際の酸素濃度の点で言うと、
この減少は、
海抜0メートルに近いニューヨーク市から
標高1288メートルのソルトレイクシティに
移る程度の違いでしかない。
石炭、原油、天然ガスという、
すべての化石燃料の、
世界中で知られているかぎりの資源量を採掘するのは、
大半の鉱床が微量であるため、
コストがかかり過ぎて不可能なのだが、
仮に全部掘り出して燃やしたとしても、
大気中の酸素濃度は、
たった0.25%しか下がらないだろう。
酸素については心配無用だが
将来の水の供給は憂慮すべき
花粉アレルゲンから、
都市での屋外の大気汚染や田園地帯での
屋内の調理由来の空気の汚れまで、
多くの理由で、
不幸にも何億もの人が呼吸をしづらくなっている。
だが、
森林火災や化石燃料の燃焼によって大気中の
酸素が消費されて減る事態を、
考えられる範囲でどれだけ想定しても、
それで呼吸が困難になるリスクはまったくない。
そのうえ、
きわめて重要な天然資源のうちでも、
酸素ほどアクセスが平等なものはない。
地元の大気汚染のレベルがどれほどであろうと、
世界中のどの場所でも、
標高が同じであれば、
誰もが同一の濃度の酸素を
思う存分吸い込むことができる。
そして、チベットやアンデス山脈といった
標高の高い場所に暮らしている人々は、
血中のヘモグロビン濃度を上げることをはじめとして、
低い酸素濃度に対する多くの
目覚ましい適応を見せてきた。
要するに、
酸素については心配すべきではないということだ。
一方、水の供給の将来については、
憂慮しなくてはならない。
地域や国家や全世界のレベルでの多くのモデルを使って、
将来の水の利用可能性が検討されてきた。
1人当たりの水の供給は世界中で減るだろうが、
ラプラタ川やミシシッピ川、ドナウ川、
ガンジス川などの主要河川の流域は、
欠乏レベルよりもはるかに上の状態にとどまるだろう。
一方、
すでに水量が乏しくなっている河川の流域の一部は、
さらに状況が悪化する。特にはなはだしいのは、
トルコとイラクを流れるティグリス川と
ユーフラテス川や、
中国の黄河かもしれない。
水不足対策の鍵は需要管理
少ない水でのやりくりは可能
だが、需要主導型の淡水の欠乏のほうが、
気候変動に起因する不足よりもはるかに
影響が大きいということで、
ほとんどの研究の示す見解が一致している。
需要の管理であり、
それがうまくいっている大規模な例の1つが、
アメリカで近年に見られる
1人当たりの水の利用量の削減だ。
2015年のアメリカ全体の水使用量は、
1965年の使用量よりもわずか
4%足らずしか多くなかった。
だがその50年間に、人口は68%増え、
GDPは実質ベースで4倍以上になり、
灌漑されている農地は約40%増加した。
つまり、
1人当たりの水の使用量は40%近く減少し、
アメリカ経済の水集約度
(実質GDPの単位当たりの水の単位)は76%下がり、
灌漑に使われる水の合計量は
2015年にはじつはわずかに減ったので、
農地の単位面積当たりの使用量は
3分の1近く少なくなった。
当然ながら、こうした水の使用のすべてで、
さらなる削減を行うのには物理的な限度があるが、
このアメリカの実例は、
大幅な改善の余地があることを示している。
飲料水の不足は、
脱塩によって緩和することができる。
太陽熱蒸留から半透膜の利用まで、
さまざまな手法で海水から塩分を取り除くのだ。
降水量が1~2割減っても
農作物の収量はアップする!?
作物に必要な水の量は、
飲料水よりは桁違いに多い。
そして、世界の食料生産は、
今後も降雨に頼り続けることになる。
やがて来る温暖化した世界では、
十分な雨が降るだろうか?
光合成は常に、
葉の中の水と大気中の二酸化炭素との、
極端に不均衡な交換だ。
植物は、
光合成のために十分な炭素を取り込もうとして
葉の裏側にある気孔を開くたびに、
大量の水を失う。
たとえば、
小麦全体の蒸散効率
(単位当たりの水で生み出されるバイオマス)は、
1キログラム当たり5.6~7.5グラムであり、
これは、
穀物の収量1キログラム当たり
約240~330キログラムの水という計算になる。
水循環は地球温暖化によって否応なく盛んになる。
気温が上がると蒸発量が増えるからだ。
その結果、
全体として降水量が増し、したがって、
集めて、溜めて、使うことができる水も多くなる。
ところが、全体として降水量が増加しても、
あらゆる場所で降水量が増えるわけではないし、
これまた重要なのだが、
水が最も必要とされるときに雨が多く降るわけでもない。
気候の温暖化に関連した他の多くの変化と同じで、
降水量の増大も場所によってばらつきがある。
今日よりも雨が降らなくなる地域もあれば、
中国の厖大な人口の大半が暮らしている長江流域など、
大幅に降水量が増す地域もあるし、
この増量は、水ストレスの高い環境に住んでいる人の
数のわずかな減少につながることが見込まれている。